驚き



驚き



「さあ、お母さんの言う通り、お前には祓い屋は無理だ。諦めて普通の人生を送った方がいいぞ」


「祓い屋は諦めます。でも僕、やっぱり霊をほっとけないです」


 三神は式条の揺るぎない真っ直ぐな眼差しに胸が熱くなるのがわかった。


「まあ、好きにすればいいさ。そのかわり俺が教えることは何もない。俺の仕事は特殊だからな。お前が自分なりのやり方を考えて勉強するしかないぞ」


「わかってます」


「それともうひとつ。俺にもお前くらいの息子がいるんだ。息子たちにもよく言ってるが、学校だけはちゃんと行っておけよ。普通の生活をするということが一番大事なんだぞ」


「はい、わかりました」


「ほら、これは俺の連絡先だ。月に一回必ず連絡しろ。ひと言でもいいから必ず声を聴かせろよ」


「はい、ありがとうございます」


「おう。頑張れ」


 それから十年間、式条はずっと三神と連絡を取り合っているのだった。


 そして一週間前の電話で三神に相談されたのは息子である琉依のことだった。


 琉依もあの十年前の式条と同じように、自分も何かやりたいと言い始めた。


 自分と同じ道、祓い屋が出来るほど琉依は強くないからと式条に琉依の世話を頼んできたのだ。


 三神からの頼みを断れるはずもなく、式条は言われるがまま店のドアに求人の貼り紙を貼った。


 何も知らない琉依はまんまと父親が用意したレールの上を歩いてきたのだった。


 (気持ちはわかるけど、後でどうなっても僕は知りませんからね)


 式条はあきれたような顔をしながら三階のベッドルームへと階段を上っていった。




「こんにちは」


 翌日、琉依がHELLO GOODBYEに顔を出したのはお昼を過ぎた頃だった。


「こんにちは……ん?」


 店に入ってきた琉依を見た式条はハッとしていた。


 琉依の隣に中年の男性の霊が立っていたのだ。


「琉依くん、その方は……」


「彼は渡辺さんです。大学の近くに居たので早速連れて来ました」


「へえ……」


 式条は驚いている様子だった。


 まさか昨日の今日で霊を連れてくるとは微塵も思っていなかった。


「えっ、いいんですよね? 連れて来ても」


「え、ああ、もちろんだよ。さあどうぞ座って」


「お邪魔します。すみません」


 渡辺というスーツ姿の男性は頭を何度も下げながらカウンターの椅子に腰を下ろした。


「じゃあ、彼のことは琉依くんに任せようかな」


 式条は邪魔にならないようにか自分も端の椅子に座った。


「いいんですか? ありがとうございます」


 琉依は少し嬉しそうに渡辺の隣に座った。


「で、渡辺さんが亡くなったのは三ヶ月ほど前なんですよね?」


「ええ、確かそうです。あの日はとても暑い日で、営業まわりをしていた私は本当にうんざりしていたんです」


「どうして亡くなられたんですか」


「それが思い出せなくてですね。死んだということはすぐにわかりました。誰に話しかけても誰も私のことが視えないようで。最初はそりゃあびっくりしましたけど、私は生きていても同じような存在でしたから。ははは」


「そんな……ご家族は?」


「田舎にお袋がいます。妹夫婦が一緒に暮らしているので心配はいりません。私は独身ですし彼女もいません。友達と呼べるような付き合いをしてる人もいませんし、会社でも私は居るか居ないかくらいの存在なんです。今と何も変わりませんよ。居ても居なくてもいいんです。私なんて本当に」


「うーん……」


 琉依は何やらスマホをいじりながら話を聞いていた。


「わかりました」


 琉依は持っていたスマホを置いて渡辺の方へと体を向けた。


「渡辺さん、あなたは居ても居なくてもいい存在なんかじゃありません。あなたが居てくれたことに、あなたに心の底から感謝している人がいるんです」


「へっ? 私に?」


「はい。思い出してください。あなたは三ヶ月前の暑い日にあの交差点で信号待ちをしていました。世間は夏休みで家族連れも多かった。もちろん車もです。信号が青に変わるほんの少し前にあなたの目の前に居た女の子が突然横断歩道に飛び出したんです」


「あ……」


「そこに運悪く右折してきた車が飛び込んできたのが見えたあなたはすぐに走り出して女の子を突き飛ばした」


「あ……ああ……」


 渡辺は思い出したのか頭を抱え込んだ。


「女の子はかすり傷ですんで無事でしたがあなたは残念ながら」


「そうだ。そうだ。あの時、私は何も考えずに必死で」


「すごいですよ渡辺さん。誰にでも出来ることではありません。あなたはとても勇敢で素晴らしい人です。あなたが居たから、あなたが居てくれたからあの女の子は助かった。皆あなたに感謝しています。特にご家族は一生あなたのことを忘れないと」


「ウッ……」


 渡辺は涙を流していた。


「よかった……あの子は助かったんですね」


「はい。あなたは人の命を救ったんです。もう居ても居なくてもいいなんて言わないでください。あなたはとても立派でした」


「ああ……よかったです。私なんかが人の役に立てて」


「あの子とご家族の代わりに俺がお礼を言います。渡辺さん、本当にありがとうございました」


 琉依は立ち上がって渡辺に深々と頭を下げた。


「よかった……よかった……ありがとう……」


 泣きながらそう言うと、渡辺の体はどんどん薄くなり、ついには消えてしまった。





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