第51話

 翌週からは、実力テストに向けての勉強会が行われた。

 勉強会と言っても、俺と祈織の二人で黙々と勉強をするだけである。ただ黙ってシャーペンを走らせるだけで、俺達の間で何か会話はない。たまに俺がわからないところを聞くだけだ。

 昨日は良太とスモモも交えて勉強したのだが、あいつらが入ると煩過ぎて勉強にならないので、今日からは排除してやった。

 今は放課後の教室で二人で勉強している。

 前までなら、周囲が煩いので学校での勉強は避けていたが、祈織ちゃん激怒事件の日以降、俺達の周囲は驚く程静かになった。俺が男子連中からとやかく言われる事もなくなり、嫉妬で攻撃される事もなくなったのだ。

 そんな事もあって、俺達は学校でもゆっくりと過ごせる様になった。風神雷神モードの祈織ちゃんサマサマである。


「祈織」

「なあに?」

「俺、今回めちゃくちゃ勉強頑張ってない?」

「まあ……そうかも」


 そうなのだ。

 周囲の喧しさがなくなった事もあって、俺の勉強速度は上がっていた。祈織と付き合って以降、勉強する癖がついてきているからかもしれない。


「というわけで、俺がどれか一科目でも祈織より良い点取ったらご褒美が欲しいんだ」

「ご褒美? 何か欲しいものでもあるの?」

「欲しいものってより……してほしい事かな」


 そう言うと、祈織が首を傾げた。


「ゴールデンウイーク、俺の部屋で二泊!」

「……えっち」


 俺の願望丸出しな要望を述べてみると、祈織は少し怒った様な表情をして、視線をノートへと戻した。

 頬を赤らめているところを見る限り、本当に怒っているわけでもなさそうだ。

 ただ、高校生男児なんてものは基本的にえっちな事しか考えていないので、そこは責めないで欲しい。むしろ健全な証拠だ。


「ダメ?」

「ダメっていうか……それだと麻貴くんへのご褒美にならないよ」

「え、何で?」

「だって……二泊できるなら、私だってしたいもん」


 心臓を打ち抜かれた様な気分になってしまった。

 祈織もそう思ってくれていた事が、何よりも嬉しかった。


「二泊もしたら、部屋でずっといちゃいちゃしてそうだね?」

「布団から出ないだろうな。最高じゃないか」


 誰の目も気にせず二日間も祈織といちゃつけたら、きっとそこは天国に一番近い場所だ。

 昼過ぎまで二人でいちゃついて、お腹が空いて二人でスーパーに行って、祈織が美味しいお昼を作ってくれて、またゴロゴロしながらいちゃつく。想像するだけで幸せだった。


「それで、三日目には帰りたくないって麻貴くんに我儘言っちゃうの」

「俺は俺で、じゃあもう一泊していけば? なんて言うんだろうな」

「あ、言いそう~。その誘惑はひどいよ。私だって帰りたくないのに」


 祈織は困った様に笑ってから、小さく息を吐いた。


「でも、さすがに二泊は無理かなぁ。お父さんへの言い訳ができないもん」

「お父さんって怖いの?」


 お母さんと二人でひた隠す程である。

 もしバレたら、俺の首を引きちぎられてしまうのではないだろうか。


「怖くないよ? 怖いって言うより……多分、凄く落ち込んで現実に帰ってこれなくなる気がする……」

「どういう事だってばよ」

「お父さん、凄く過保護なの。彼氏の家にお泊りしてるだなんて知ったら、きっと卒倒しちゃう」

「ああ……そういう事だったのか」


 お母さんと祈織が結託して彼氏の存在を隠すのは、お父さんにショックを与えない様にする為だったのだ。

 その気持ちもわかる気がした。きっと祈織はとっても愛されて、大切に育てられてきた女の子だ。彼女の優しさや教養の高さなどを鑑みても、それは間違いない。

 きっとお父さんの立場からすれば、彼氏などにくれてやってたまるものかと思うのだろう。


 ──でも、結局それって延命措置に過ぎないんじゃないか?


 むしろ、母娘に隠されている方がもっとショックを受ける気がする。


「だから、今はまだ一泊が限界かなぁ」

「そっか。それなら仕方ないな」

「うん。でも、早く一緒に暮らしたいな。って、そんな事言ったら重いかな?」

「いや、まさか。俺だってそうなれたらいいなって毎日思ってるよ」


 でも、俺達はまだ高校生で、それが実現できるのはもっともっと先だというのはお互いにわかっている。

 将来の夢、目標と言っても良い。

 きっと同じ様な事を考えていたのだろう。互いの視線が重なり合うと、祈織が顔を少しだけ上げて、目を閉じる。

 そして──誰もいない教室で、恋人とキスをした。

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