第39話

「あ、あんたら何してんの……?」


 俺が良太のベロから何とか逃れ様としていた時、横から声がした。

 そちらを振り向くと、何かとても気持ち悪いものでも見ているかの様な目をしているスモモがいた。完全にドン引いている。

 それも仕方がないだろう。男の手を舐めようとしている良太りょうたと、それに対して必死に抵抗している俺の地獄絵図だ。誰だって気持ち悪く思うに決まっている。


「え、何? 良太ってそういう趣味だったの? キモ……鳥肌立ってきた」


 心底軽蔑したといった表情で、スモモは自らを守る様にして自分の体を抱えて、手で擦った。


「ち、違うんだ、スモモ! 僕はこいつの手から祈織いのりちゃんを──」

「私? 私がどうかしたの?」


 良太がスモモに弁明しようとした時、彼女の後ろから祈織が顔を覗かせた。

 良太も思わずそこで言葉を詰まらせる。さすがに、あなたのおっぱいの残り香をこの手のひらから探そうとしていた、とは言えないだろう。

 というかこうして言葉にすると発想がやばい。さすが自称神奈川おっぱい協会の副理事だ。発想が狂ってやがる。

 良太はちらりと祈織の小さく膨らんだ双丘を見てから、「ひん」といきなり泣きじゃくって俺を見た。彼の情緒不安定さに、スモモどころか祈織も若干引いている。

 ちなみに『こいつの手から祈織ちゃんを──』の先を言っていたらもっと引かれていたと思うので、言わなくて良かったと思う。


「それで、あんたの行動の意図は?」

「はい、麻貴あさきの手から美味しそうな匂いがしたので舐めようと思っただけです」


 良太も同じ決断をしたのだろう。言い訳を諦め、素直にそう告げたのだった。

 しかし、素直に告げたところで気持ち悪い事には変わりない。祈織は微苦笑を浮かべたまま、スモモは軽蔑した表情を浮かべたまま、半歩ほど後ずさっていた。


「えっと……それで、ちょうど二人の事探してたんだけど、立て込んでる様なら後でも……」

「立て込んでないから今すぐその要件を話してくれ」


 祈織が何とも言えない笑みを浮かべたまま立ち去ろうとするので、慌てて引き留める。

 今の良太と二人きりなのは色々まずい気がする。というか俺を助けてくれ。


「なんか用事?」

「用事って程の事でもないんだけどね」


 祈織が困った様な笑みを浮かべてこちらを見た。

 うん、俺の事は気持ち悪がられてないらしい。安心した。というか俺は今回完全なる被害者だ。


「昨日言ってたクッキーを作ってきたんだけど、よかったら皆でどうかなって」


 それでモモちゃんと二人を探してたの、と祈織は付け足した。


「え⁉ 僕も食べていいの⁉」


 がばっと起き上がって祈織を見上げる良太に対して、祈織は若干顔を引き攣らせながら、頷いた。

 ちなみにがばっと顔を上げた時に、祈織が更に半歩後ずさっていたのを俺は見逃さなかった。


「こら、良太! あんたはいのちゃんに半径一メートル以上近付くな!」


 スモモがすっと間に入って、祈織を守る様にガードする。


「同じクラスで、しかも彼氏の友達なのに僕の扱いひどすぎませんか⁉」

「そりゃその彼氏の手を無理矢理舐めようとしてる奴がいたら彼女なら怖がるでしょうが! っていうかあたしだって普通に怖いわ!」


 良太の先ほどの行動は、基本的に怖いものなど無さそうなスモモにも恐怖を与えている様だ。

 彼の自業自得ではあるが、もはや救いようがなかった。実際に傍からあれを見ていたら怖いと思う。ちなみに当事者の俺はもっと怖かった。

 教室に戻っている間、良太は誤解を解こうと必死に二人に弁明して見せたが、その成果は得られなかった。俺の方は完全な被害者なので、彼の弁明を後押ししてやる事もできない。

 暫く〝男の手を舐めるのが好きな男〟という不名誉な称号が良太には付き纏いそうだった。しかし、今回の一件に関しては同情の余地はないな、とも思うのだった。

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