第27話
けたたましい目覚ましの音と共に、俺の睡眠は強制的且つ暴力的に阻害された。
俺は重い体を起こし、冷蔵庫の上に置かれた目覚まし時計の頭を、恨みも込めておもいきり殴ってやる。目覚ましはようやく黙り込み、部屋に静けさが戻った。
目覚ましは立ち上がらないといけない場所にいつも設置している。そうでないと、止めてすぐに二度寝してしまうからだ。ちなみにこれは祈織の提案だった。
いつもなら、こうして立ち上がった事で目を覚ませる。だが、今日は全く体が目覚めてくれなかった。もの凄く重いし、頭もぼやけていて、眠い。とにかく疲労感だけが残っていた。
──昨日、思ってたより疲れてたんだなぁ。
昨夜は帰宅してシャワーだけ浴びて、頭を乾かすなりそのまま眠りに落ちた。
朝早くに起きて登校して、それで夕方まで授業を受けて、そこから夜までバイトというのは、想像していたより遥かに疲れる。特に、昨日の様な異常なラッシュがあると尚更だ。
──仕送りがあってよかった。
俺はもう一度ベッドに倒れ込み、親の仕送りに感謝する。
満足できる額ではないが、それでも生活が保障されるだけのお金が毎月支給されるのは大きい。これがなければ、バイト代だけで全ての生活を賄わなければならなかったのだ。おそらくほぼ毎日バイトに入る羽目になっていただろう。
この疲労具合を見ている限り、現実的には無理な話だった。週三ないし週四バイトが限界だ。
──あー、体が起き上がってくれない。眠い。
何とかもう一度立ち上がろうとするも、眠気が俺にそれを許してくれない。意識が徐々に遠のき始めた。
そんな時、ガチャリと部屋の鍵が開く音がして、その後すぐに扉が開かれた。
「
我が恋人・
その後彼女は「入るよー」と一言言ってから、部屋に上がってきた。
「やっぱり二度寝してるし……」
ベッドの上で這い蹲っている俺を見たのだろう。そんな呆れた様な独り言が、彼女の口から漏れていた。
祈織は鞄を置くと、そのままベッドに腰掛けて、俺の頭を撫でた。
彼女に頭を撫でられるのは、やけに気持ちが良い。俺の前世が犬だったのか、彼女の撫でスキルが高いのかは定かではない。
「麻貴くーん、朝だよー? 朝ごはん食べて、学校いくよー?」
「……ぐぅ」
「もう……ほんとは起きてるでしょ。そろそろ起きなきゃだよ? 遅刻しちゃう」
俺はゆっくりと目を開けると、彼女を横目で見た。
「起きてるよ。でもあと五分」
「だーめ。前にその我が儘聞いたら全然起きなくて遅刻しかけたでしょ?」
祈織はそう言いながら、人差し指で俺の耳の穴をさわさわと触った。めちゃくちゃくすぐったくて、思わず体がびくっとなる。
「……それも反則」
俺は溜め息を吐いて、体を起こした。
耳の穴をこしょばされるとぞわっとして、嫌でも目が覚めるのだ。
きっと、前に耳に息を吹き込むのは心臓に悪いと言ったので、作戦を変えたのだろう。どちらにせよ、心臓に悪い事には変わりなかった。
「だって、こうしないと起きないでしょ?」
にこにこして嬉しそうな祈織が、ぼやけた視界に入ってくる。
「おはよう、麻貴くん」
「おはよう、祈織」
大きく欠伸をして、頭をぽりぽりと掻いた。
全然頭がしゃきっとしない。
「……大丈夫? やっぱり疲れてる?」
「まあ、昨日はちょっと異常だったからな。顔洗ってくる」
「うん」
祈織はにっこり微笑んで立ち上がると、そのまま台所へと向かった。
俺は伸びをしてから立ち上がって、そのまま洗面台で顔と歯を洗う。これでちょっとは目が覚めた。
部屋に戻ると、祈織がテーブルに何か包みを出していた。ご丁寧に、制服の上下も出してソファーに掛けてくれている。
「それなに?」
ズボンを履き替えながら訊いた。
祈織はちらっと一瞬だけこちらを見て、慌てて目を逸らしている。
「えっとね、今日寝坊ちゃって、お弁当作れなかったんだけど、その代わりに朝ご飯におにぎり作ってきたの。これだと時間なくてもさっと食べれるし、丁度良いかなって」
具はお弁当の残りだけど、と彼女は付け足して笑った。
そういえば、昨夜は祈織も帰ったのが遅かったせいで寝るのが遅くなったのだろうか。あんまり無理してまで作ってもらいたくないんだけどな。
「え、めちゃくちゃ助かるよ。ありがとう」
着替えが終わって、早速そのおにぎりを頂いた。
おにぎりは二つあり、一つは唐揚げおにぎり、もう一つはおかかおにぎりだった。
おにぎりをもしゃもしゃ食べていると、祈織が徐にポケットから櫛を出して、俺の髪に櫛を入れていた。どうやら寝癖があったらしい。
「ふふっ、直った直った」
寝癖が直せたらしく、祈織が満足げに微笑んでいた。
なんだろう、ここまで子供扱いされると、小学生くらいに戻った気分になる。
「食べ終わったら行こっか。今出たら多分三〇分の電車に間に合うよ」
「お、まじか」
急いで食べて「ご馳走様」と手を合わせると、その足で部屋を出た。
何だかこうして彼女が家に来るのが当たり前になっているけども、きっと俺は凄く恵まれているんだろうな、と思うのだった。
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