第13話

 教室に着くと、俺と祈織はそれぞれ自分の席に着いた。

 すると早速、めんどくさいのから絡まれた。


「よぉよぉ、朝からラブラブ登校とは良いご身分だなぁ⁉」


 こんな事を言って絡んでくるのは、友人の間島良太まじまりょうたの他ならない。

 もうすぐショートホームルーム始まるんだから絡んでくるなよ……。


「何がだよ。俺は普通に学校に来ただけだろ」

「はあ⁉ 普通⁉ 僕にとっての普通とあなたにとっての普通は異なるんですかねぇ⁉」


 くわっと血走らせた目を見開いて、詰め寄ってくる。

 ひたすら面倒臭い。


「朝ちゃんと出席取られる前に学校に来るってのが、どこが普通じゃないんだよ」

「そこの普通は僕とも共通してるよ。しかし、だ! あの天枷祈織あまかせいのりちゃんと手を繋いで電車に飛び乗ってきて、あまつさえ校門まで手繋ぎ登校だって⁉ これの何処が普通って言うつもりだ、ええ⁉」

「うわあ、もう絡みそのものがめんどくせえ……」


 何でそこまで情報がもう回ってるんだよ。ほんの十分前くらいの出来事なのに。


「僕の可愛い子ネットワークを舐めるなよ……! いついかなる時も可愛い子の情報を仕入れる為に各地に仲間を放ってるんだ。それは祈織ちゃんとて例外じゃないのさ」

「その割にカノジョできないんだな」

「ぐぼらがばはぁっ!」


 良太は空中で三回転しながら吹っ飛んだ。

 煩くなってきたので、反撃のつもりで軽いジャブを出してみたら、予想以上にクリーンヒットしてしまったようだ。


「く、くそうッ! なんて極悪非道な野郎だ……僕の友達は、一体いつからそんな悪党になっちまったっていうんだ!」


 口から噴き出た血を拭いながら、良太は立ち上がった。

 なんで口から血を出してるんだ、こいつは。病気か?


「知らん。あと、個人情報をいちいち仕入れようとしているお前の方が悪党だ」

「うるさい! お前達の一挙一動も常に僕達のグループチャットに送られていると思え!」


 ビシィッと俺を指差して、堂々と犯罪宣言をする良太。

 俺はこいつとの友達をやめるべきではないだろうか? そんな事を考え始めた時だった。


「あんたさー、そんなんだからモテないんじゃないの?」


 横から良太に容赦ない言葉が突き刺さった。

 その不意の攻撃に、彼は再び「ぐぼらがばはぁっ!」と血を噴き出しながら空中で三回転したのだった。


「ぐぬぅ……朝から僕を侮辱するのはまたお前か、スモモ!」


 彼の隣に立っていたのは、同じクラスの女子・寿乃田桃子すのだももこだった。

 スモモとは、寿乃田桃子の名から捩った彼女の愛称だ。皆がそう呼んでいるので、自然とスモモと周りも呼ぶ様になっている。

 スモモはショートボブとくりくりした瞳が印象的で、可愛らしく元気な女の子だ。おそらく彼女ほど第一印象が良い女の子も滅多にいないだろう。


「侮辱? 事実でしょ?」

「うっさい! まだ僕に相応しい女の子と出会ってないだけだ!」

「そんな子がもしいたとしたら、とっても憐れねー?」

「うがああ! 僕に相応しい子のどこが憐れなんだよ⁉」


 スモモが良太に追撃して、クラスに笑いを誘っている。

 スモモはこのクラスの元気印でもあって、良太が男子のムードメーカーであるなら、彼女は女子のムードメーカーだ。

 こうして事あるごとにスモモと良太が教室で漫才をしているので、このクラスは笑いに満ちている。彼女は基本的にテンションが高く、誰でも気さくに話し掛けるので、男女共々人気があるのだ。祈織と同じグループの女の子なので、よく彼女とも話していた。

 一年の頃は俺達とはクラスが違ったので絡みはなかったが、二年になってからはこうして絡む様になった。彼女がいるだけで視界まで明るくなった気がするので、本当に不思議な女の子だ。


「まあ、このバカは置いといてさー。汐凪くんも──」

「バカって何だよ、バカって! お前どうして僕がバカって言い切れるんだよ!」


 スモモが俺に話しかけようとしたが、バカこと良太が遮った。


「じゃあ、一応訊いてあげるけど、学年末の学年順位は?」

「下から数えて三十番目です……」

「バカじゃない。思ったよりマシだったけど」


 二重の意味でバカにされていた。

 ずぅん、と良太が沈んでいる。


「バカは置いといて、汐凪くんもちょっとは周りに気を遣いなさいよ」


 スモモが呆れた様な顔で、俺に言った。


「え?」

「え、じゃないわよ。あんたの彼女はこの学校みんなの憧れで、失恋した男子も多いってわけ。そりゃあ、そんな子と朝から手繋ぎデートしてたら」


 恨みも買うわよ、とスモモは溜め息を吐いた。


「まあ、それも言われてみればそうだな……」


 スモモの言う事ももっともだった。

 春休みが明けて、今年も祈織と同じクラスだった事で、浮かれてしまっていたのかもしれない。

 これ以上恨みを買わない様にする為にも、もうちょっと時と場合を選んだ方が良さそうだ。


 ──って言っても、別に俺の方からってわけじゃないんだけどなぁ。


 ちらりと祈織を見ると、彼女もこちらを見ていて、目が合った。

 祈織は恥ずかしそうに目を逸らしていた。


「……今の視線って、もしかして『それって俺の所為じゃないんだよなぁ~』って意味でちらっといのちゃんの事見たわけ? それで二人して目が合って、これだけ離れてるのにちょっと甘い雰囲気とか出しちゃってるってわけ⁉」


 一気にスモモの表情が鋭くなった。

 いのちゃんとは、祈織の事だ。何故か知らないが、スモモは祈織の事をいのちゃんと呼んでいるのだった。

 今はそれはいい。これはまずい方向に話が行ってしまった。


「い、いや、そういうわけじゃなくて……」

「どう見たってそうでしょ! カーッ! これだからバカップルは嫌なのよ! 砂糖どばどばかよッ!」

「そーだそーだ! ブラックコーヒーを要求する!」


 スモモの矛先が俺に向いたかと思うと、良太がスモモに加勢した。

 結局朝礼が始まるまで、この調子で二人から攻撃の的にされたのだった。

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