森国ユグドラと『神聖大樹』②

 四大クランの一つ、『神聖大樹ユーグドラシル

 その本部がどこにあるのか? その答えは驚くべきものだった。


「まさか……この大樹が、四大クランの本部だったなんてな」


 驚いたことに、大樹の根元に大きな門があり、その先に町があった。

 正確には町ではなく、クラン『神聖大樹ユーグドラシル』に所属する冒険者チームたちの生活拠点だ。木の幹の中を開拓し、町のようになっている。

 ハイセを案内する初老の男性が言う。


「こちらは、F~D級の冒険者チームが住む区画。上層に上がれば上がるほど、高位のチームが住む区画になっています」

「すごいな……ちなみに、『神聖大樹ユーグドラシル』には、どれくらいのチームが在籍しているんですか?」

「ざっと、七百ですな」

「ぶっ……なな、七百」


 これにはハイセも驚いた。

 このクラン一つで、巨大な森国ユグドラに持ち込まれる依頼の八割を受けられるらしい。直接持ち込まれる依頼はもちろん、冒険者ギルドが持て余す高難易度の依頼も受けるとか。

 

「さ、こちらへ」

「……これは? 狭いけど」

「昇降機でございます」

「…………???」


 しょうこうき?

 ハイセは復唱する。

 案内されたのは、かなり狭い部屋だ。とりあえず入るとドアが閉じ……なんと、部屋が上に向かって動いていた。

 驚く間もなく、あっという間に最上層へ。

 最上層はなんと、大樹の外。太い枝の上だった。

 枝には、まるで鳥の巣箱のような家がいくつもある。


「あれは、A級冒険者チームの拠点です」

「へぇ……すごい場所にあるな」

「そして、あそこにあるのが四大クランの一つ、『神聖大樹ユーグドラシル』のクランマスターである、アイビス様のお社でございます」


 案内人の男性が指し示したのは、枝の先にある、一番大きな建物だった。

 さっそく、案内人と向かう。

 すると、A級冒険者チームの拠点から、何人かの冒険者が出て来てハイセをジロジロ睨む。


「ダグラス老、そいつ誰?」

「アイビス様のお客人だ。S級冒険者様だ」

「S級冒険者? 人間じゃん」


 女性だけのエルフチームだ。

 全員美少女だが、ハイセを見る眼には侮蔑、嘲笑が含まれている。

 なんとなく、ハイセは面白くない。


「あの、さっさと行きましょう。俺、早く霊峰ガガジアに行きたいし」

「はぁぁ? あんたみたいな人間が、霊峰ガガジアに!?」


 ハイセは無視。

 案内人の男性を急かすが、女性エルフがハイセの肩を掴む。


「ちょっと、マジでどういう意味? あたしらですら入る許可もらえない霊峰ガガジアに、あんたみたいな人間が」

「あんたに関係ないだろ。さ、行きましょう」

「はい。ロシエ、悪いが急ぎだ。話ならあとでワシが聞こう」

「……けっ」


 ロシエと呼ばれた女性はハイセから手を離す。

 そして、最奥にある社まで向かうと、大きな扉が勝手に開いた。

 中に入ると、広く何もない部屋だった。

 だが───部屋の中央に、十六歳ほどの少女が、座布団を枕にして寝転んでいた。しかも、煙管を咥えて煙草を吸っている。


「おお、よく来たの。ガイストの弟子よ」

「……えっと、あなたが……S級冒険者の、アイビス様ですか?」

「うむ」


 少女は起き上がる。

 真っ白なロングストレートヘア。綺麗なエメラルドグリーンの瞳。胸にサラシを撒き、薄手の衣を着ており、薄いせいでいろいろ透けて見えてしまっている。

 草や鉱石で作ったアクセサリーを付けた、どこにでもいそうなエルフの少女だ。

 『無限老樹むげんろうじゅ』アイビス。

 この世で最も高貴なエルフにして、最古のエルフの一人。


「ガイストは元気にしておるかの?」

「は、はい」

「ふっふっふ。手紙、読ませてもらったぞ。ワシへの挨拶と、お前の手助けを頼むと、それと……手紙は渡すが助力は必要ないというかもしれん、ともな」

「…………」

「はっはっは。図星かい?」

「ええ、まあ……手紙を渡したのも、助力じゃなくて、ガイストさんの弟子である俺が、霊峰ガガジアに入るって伝えようとしてだけですから」

「うむうむ。生意気で可愛い小僧じゃの」


 アイビスは笑い、灰皿に煙管の灰を落とした。


「ふふ、懐かしい……火薬の匂いがするのぉ」

「───!!」

「おぬし、異世界人……ではないの。ふむ」

「あの、火薬……銃を知ってるんですか?」

「もちろん。昔、共に戦ったこともある」

「!!」


 これには、ハイセも驚いた。

 そして、思わず古文書を出し、アイビスに見せる。


「じゃあ、これ……知ってますか?」

「……これはこれは」


 アイビスの眼が見開かれ───一瞬だけ、くしゃっと顔を歪めた。

 まるで、泣き出しそうな子供のように見えたのは、ハイセの気のせい……ではないだろう。


「まだ、残っていたのか……」

「……知ってるんですね」

「ああ。あいつの、レオンハルトの日記であり、記録じゃ」

「レオンハルト?」

「ああ。『神代・レオンハルト・信長』……この世界に転移してきた『日本人』じゃ」

「カミシロ・レオンハルト・ノブナガ……」

「ふふ、言いにくい名だのぉ」


 アイビスは懐かしむように笑い、ハイセに「少し、見せてくれ」と言って本を手にした。

 そして、懐かしむようにページをめくる。


「おぬし、ハイセだったな? この文字……読めるのか?」

「ええ、少しだけ……」


 ハイセは、この本を手に入れた経緯を話す。

 そして、ハイセは『デザートイーグル』を手に出し、アイビスに見せた。


「それは銃……なるほど、おぬしはレオンハルトと同じ『能力』に目覚めたのか。目覚めた影響で、この『英語』を読めるようになった、というわけか」

「たぶん。あの……その、レオンハルトさんの本は」

「知らん」

「え」

「この本は、レオンハルトにしかわからん字で書かれている。内容もワシは知らんし、こういう本があるということしかわからん。それに、能力についても、ワシは理解できんかったからな」

「そ、そうですか……」


 もしかしたら、何かわかるかもと思ったハイセだったが、どうやら無駄骨のようだ。

 本を受取り、なんとなくページをめくると。


「……あれ?」

「む、どうした?」

「いえ、その……読めるページがありまして」

「ほう、それは興味深い。聞かせてくれんかの?」

「あー……」

「なんじゃ、駄目か? 金なら言い値で払おう」


 アイビスが指をパチンと鳴らすと、案内してくれたダグラスがデカい金貨の袋を持って現れた。

 ハイセは一瞬ためらったが、アイビスが目をキラキラさせているので、恐る恐る読んだ。


「あの……気を悪くしないでくださいね」

「む? いいから、早く聞かせておくれ」

「……じゃあ」


 ◇◇◇◇◇


 〇月〇日。

 今日もアイビスが俺の腕にじゃれついてくる。

 可愛い。胸がふわふわして気持ちいい。今夜もたっぷり可愛がろう。

 勝気で強気、お爺ちゃん言葉使うロリっ子エルフ、こんな最高な嫁がほかにいるだろうか? いやいない。俺のアイビスは世界で一番かわいい!!

 趣味である銃の分解メンテをしていると、猫みたいにすり寄ってくるんだよなぁ。ネコミミとか、尻尾とかプレゼントしたら喜んでくれるだろうか?

 裸でネコミミと尻尾を付けてベッドに転がしたら……ああ、考えただけでもう!!

 よし決めた。外で猫魔獣狩ってネコミミと尻尾を作ろう。

 ぐふふ、すっごくやる気が出てきたぜ。


 ◇◇◇◇◇


「……………………………以上です」

「な、な、な……」


 クソみたいな内容だった。

 読み上げたことを後悔し、ハイセは古文書を燃やしたくなった。

 アイビスは真っ赤になる。

 

「あの、このレオンハルトさんとは、恋人だったんですか?」

「あわわわわわわ……っ!! きょ、今日はおしまい!! ワシの力が必要な時は声をかけろ!! はいおしまい!! ばいばいなのじゃ!!」


 真っ赤になったアイビスに叩きだされ、ハイセは社から出た。


 ◇◇◇◇◇


「遅かったわね」

「……いろいろあったんだよ」


 大樹から出ると、プレセアが待っていた。

 どこか疲れたようなハイセを見て首を傾げる。

 だが、これで先に進める。


「行きましょう。目指すは、霊峰ガガジアの山頂よ」

「ああ」


 東門から先へ進み、ようやく霊峰ガガジアへ向かえる。

 ハイセは、一度だけ大樹を見上げた。


「……人に歴史あり、か」

「あら、あなたがそれを使うなんてね」

「まぁ……言いたくもなる」


 ものすごいタイミングで読めるページが増えたことと言い、なんとなくだが、古文書には意志が宿っているような気がするハイセだった。

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