話がしたい その3

 机の上のスマートフォンが鳴った。


 じりり、じりり、じりり。


 三度のコールで鳴り止んだ。スマートフォンの画面を見た太鳳の表情が僅かに硬くなった、ように見えた。

「何だったの」

「さぁ、知らない番号」


 太鳳はスマートフォンを机に戻して言った。

「よろっと寝ようぜ。今日は疲れたろ。早めに休んだ方がいい」

「今何時?」

「九時」

 確かに疲れてはいるが今は深夜帯のように気分が高揚している。


「やだ、もっとお話したい」

「子供か、お前は」

「子供だよ。十六歳だもん」

「だったら子供は寝る時間。今日はもう終わり」

 太鳳は明に立てと促した。渋々従う。

「ウミツキっていつもこんな早くに寝るの」

「んー」

 肯定なのか、否定なのか、太鳳は曖昧な返事をした。


 下のダイニングへ戻った。

「お母さん、ウシオどこで寝ればいい」

「隣の部屋。お布団なら敷いてあるけど、もう寝るの?」

「こいつ、お疲れみたいだからさっさと寝かしたい」

「元気だよ。ちょっと自律神経が乱れてるだけで」

「それを疲れてるって言うんだよ? 新しい歯ブラシある?」

「洗面所に出してあるわよ。アキラちゃん、それ使っていいから」

「ありがとうございます」

 美里の手際の良さにいちいち感動してしまう。


 太鳳と洗面所へ向かった。

 洗面台の端にパッケージされた新品の歯ブラシが置いてあった。太鳳は台紙からプラスチックの容器を剥がし、明に歯ブラシを手渡す。

「ありがとう。何か至れり尽くせりだ」

「使い終わったらそこら辺に適当に置いといて」

「私の使うの?」

「俺のそこにあるからぁ!」

 太鳳はコップに入った歯ブラシを勢いよく指した。

 明は笑った。

 渋い顔をした太鳳は洗面所を出ていこうとする。


「歯磨かないの」

「お前が終わってからするよ」

 太鳳は洗面所を出て行った。

 歯磨きを終え、使った歯ブラシを台に置こうとしたが、ちょっとしたいたずら心が芽生え、太鳳の歯ブラシが入っているコップに入れた。


 ダイニングへ戻るといたのは美里だけだった。

「ウミ…タオ君は?」

「二階へ戻ったわよ」

「歯磨き終わったんで呼んできます」

「いいわよ、そのうち降りてくるから。布団、隣の部屋ね」


 引き戸を開けるとそこは和室だった。

 中央に布団が一式敷かれ、その横に奇麗に折りたたまれた明の衣服が置いてあった。皴一つない、わざわざアイロンまで掛けてくれたのが分かる。明は感激した。

「ありがとう……」

 美里は笑顔で答える。


「アキラちゃん、朝はパン派? ご飯派?」

 ヨーグルト派、だけどそれは言わない方がいい。

 どちらにしようか、どちらも食べたい。でもお昼はいつもパンだしな。

「ご飯派」

「ご飯ね。朝食は7時頃だからそれまでに起きてね。それじゃあ、お休み」

「お休みなさい」

 美里は部屋を出ていく。


 明はスマートフォンの目覚まし機能を六時にセットし、部屋の電気を消して布団に入った。しかし思い至ってまた起き上がった。

 やっぱり海月に言いにこう。ちゃんと「お休み」を言いたい。


 戸を開けると美里はもういない。

 二階へ上がり、太鳳の部屋の前に立った。

 ノックしようとしてふとドアの隙間から光が漏れていない事に気づいた。

 もう寝てしまったのだろうか。しかしまだ歯は磨いてなかったはず。


 小さく二回ノックした。反応がない。

 少しだけドアを開けた。部屋は真っ暗だ。

 目を凝らしても人影は見当たらない。

 ベッドは空のように見える。


「ウミツキいる?」


 思い切って声を掛けてみたが返ってくるのは静寂ばかり。

 明はそっとドアを閉めた。

 どこへ行ってしまったのだろう。トイレだろうか。

 いないのなら仕方がない。(明だけに)諦めて下へ戻った。


 布団に潜り目を瞑った。

 疲れていたのは本当で、直ぐ深い眠りに就いた。

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