音楽室はピリピリしていた。

 部長の浅沼智景あさぬまちかげがかなり機嫌悪く顔を顰めている。

 窓は申し訳程度に開けられている。暖房はついているものの、暑がりの部長のため、24度設定だ。後輩はもちろん、同級生である陽鞠が寒いと言える立場では無い。

 春の台中学校の吹奏楽部は部長の発言が絶対のようなものである。

 これが理不尽なことだろうがお構い無しだ。

 1年の時は先輩に嫌がらせや無茶なことを言われて、嫌だね、自分達が先輩になったら絶対やらないようにしようねと愚痴ってたのに。

 自分がいざ部長になったらこれだ。社会に出てきた独裁国家の首長だ。

「アンタ達やる気ないの? ないなら、とっとと失せろ」

 智景は手に腰を当てて口を開く。

 陽鞠は部長と目を合わさないように、楽譜に視線を向ける。

 その瞬間、智景はスタスタとやってきて、陽鞠の楽譜を取り上げた。

「ひーちゃんさぁ、あんた、私の話聞いてる?」

 恐る恐る視線を向けると鬼の形相の智景。

「き、聞いてます……」

 同級生なのに、彼女の迫力と恐怖で覇気のない声になる。

「じゃぁ、聞くけど、今の間違えたのってだァれかな?」

 出だしの音を間違えたのは陽鞠だった。

 智景から暗譜してる前提で通しで演奏するように言われた。

 今月に入ってから練習を始めたもので、少し前に終わったテレビドラマのテーマ曲だ。

 マーチチックな出だしと駆け足感あるので、指が忙しい。繰り返し流れるメロディはこの曲を象徴する部分だ。

 テンポが速い曲が少し苦手な陽鞠は、合間を縫って曲を叩き込み、昼休みに音楽室に篭って自主練していた。

 しかし親のことで状況が変わり、練習どころじゃなくなった陽鞠にとって、智景からの嫌味は明らかだった。

「わ、私……です」

「ふーん、自覚出来てるじゃん。お父さんが倒れたから練習してないんでしょ? そんなの理由にならないよ。てかサボりたかったの間違いでしょ?」

「分かってて言うのならやめて! たしかに間違えたのは私。お父さんの話は関係ない!」

 その瞬間、智景は陽鞠の楽譜を取り上げ、足で踏んづけた。

「ち、ちょっと何するの?!」

 彼女の暴走に誰も止める気配はない。副部長の安西も部員も黙って見てるだけ。顧問の森河は今補習で不在中。

 助けを求める人間がいない。

 智景と陽鞠に視線が向けられ、いたたまれない空気が流れる。

 大人しく言うこと聞けばいいのにと。

「私に口答えした罰よ。お父さん倒れたのって、あのあたおかなおばさんのせいでしょ? しかも、お母さんよその男と遊んでたんでしょ? ほんとバチ当たってるんじゃない? あんたもあのババアの血が入ってるから。私のお父さんもあの人にいじめられて学校行けなくなったのよ。よ」

 キャッキャと高笑いする智景に陽鞠は放心状態になった。

 ちかのお父さんって、うちのお母さんと知り合いなの?! どこで知ったの?! 私全然知らない!

 ここにも母のがいる。

 母の過去で一体どれくらいの被害者がいるんだろう。

 代わりに謝ったって、部長の腹の虫は治らないだろうし、本来なら母がちかのお父さんに謝らないといけない。

 中学に入ってから、依田結花という名前を聞いただけで嫌そうな顔をされるのは、度々あった。

 私は母のことで責任取らないとダメなの?!

 よその男の人と遊んでる様子も何でみんな知ってるの?

 もしかして母のSNS?

「はーい、どうした? すげー辛気臭いよ!」

 顧問の森河の能天気な口調が音楽室に響く。

「あ、依田さんが、足引っ張ったので、与えてただけです」

 同意しろと言わんばかりな圧力をかける智景。

「あぁ、そう。依田さんしくったらだめよー。そりゃ怒られるよ。あ、そうだ、依田さん、担任の先生が呼んでたよ」

 森河から言われた要件のお陰で陽鞠は部長の圧力から逃げれることが出来た。



 

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