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 依田陽貴は自宅のダイニングテーブルで険しい顔をしていた。

 向かいには短い髪で、少し茶髪が入ってて、細身の女性。一重だが鼻筋は通っていて、柔和な印象を引き出す。

 黒のセーターに水色のパンツスタイルの女性。

「わざわざお忙しい中、ご足労をおかけ致しました」

 陽貴は座りながら軽く頭を下げた。

「ええ、こちらこそ」

 女性は深いため息をつきながら呟いた。

 正論を言われた女性はそうですねと、肩を落とす。

「あなたは彼女の親友でもあり、従姉妹でもあり、昔のことを知っていること、また、同性の友だちがあなたぐらいしかいないというのを聞いたので……今回私たち家族の揉め事に巻き込む形にさせて申し訳ございません」

「……私は彼女に対して長年思う所がありました。何度も忠告しましたが、まぁ、ご存知の通り、あんな感じなので」

 女性は悟ったような言い草だった。

「そうなんですか? 昔っから?」

「ええ。彼女は本家のお嬢さんで、なおかつ末っ子ということもあり、母親がかなり甘やかしていたんです。確かに彼女は容姿はいいと思います。昔から男子にモテてましたから。でも、同時に女性から嫌われるタイプを寄せ集めした感じの子でした。彼女の母親が同性の友達がいないのは可哀想と、私に白はの矢が立ったんです。いつもいる友達として。あれは、幼稚園入った時かな……」

 女性は彼女と出会った時のことを思い出す。

 うちの玄関に幼稚園の制服を着て、三編みで母親にくっついていた女の子が母親に連れられていた。

 人形がそのまま出たような。

 彼女は本家のお嬢さんで従姉妹であることを言われた。末永く仲良くするようにと彼女のお母さんに言われた。

「でも、初っ端からワガママですし、小学校から大学まで全部一緒。友達がいないからとまるでお世話係のような扱いでした。私だけでなく、女子にはきつい言い方や、物盗んだり、嫌がらせをしていましたから。それで女子に怒られても、泣いていじめられたと悲劇のヒロインモードになって、顰蹙かってましたからね。男子がなだめてくれるから、余計図に乗っちゃうのでしょう。男子は召使い、女子は憂さ晴らしの道具みたいなものでしょう。多分、彼女に対しての被害者は、同級生で結構いると思います」

 陽貴は身を乗り出して、ノートにメモを取る。

「嫌がらせって、具体的に何を……?」

「容姿や家のことをいじる、物を隠す、わざと大切にしているものを壊す、手紙で悪口を回す、あとは、付き合っている女子の彼氏を寝取るなど……彼氏を寝取るのは中学校からですが、他は小学校から続いていました。私は一緒にいる時間が長くて、放課後はいつも彼女の家に行って、八つ当たりの道具にされていました。さっきも、彼女の家に行って、足を踏まれました」

 女性は踏まれた側の足を靴下脱いで見せる。

 足の甲にはすこし赤みがかかっている。

 そしてすねの方に数センチのあざが見えた。

「……すみません、失礼ですが、このあざは……?」

「あぁ、これも彼女に……あれは中学生の時だったかな」

 調理実習で彼女と一緒に班になっていた女性。

 しかし彼女は調理実習では何もせず、ただ人が忙しくやっている姿を見ているだけか、男子にちょっかいをかけているだけだった。

 何もやらない彼女に先生や同じ班のメンバーが注意したが「私をなんだと思ってるの? 分かってて言ってるの?」と言って石のように動かなかった。

 女性が再度注意すると、彼女は調理実習で使っていたお湯をぶんどって、女性の足元に向けてふっかけた。

 当然クラス内が修羅場になったが、彼女はただただ、私悪くないと一点張りだった。

 双方の親にも話がいったが、この状況でも彼女の母親が、家の上下関係を引き合いにして、お金で黙らせるような形になった。


 ――呉松家の名前があるから、これで勘弁して。お金払ったからもういいでしょ?


 ちなみに彼女からの謝罪は未だにない。本人は覚えていないだろう。

「さすが、呉松家ですね。お金で解決しようとするのが」

「そうですね。基本的に彼女のことでトラブルがあれば、出てくるのは彼女の母親ですね。お父さんが来ることもありますが、いつも頭を下げてばかりで、厳しく注意してました。お父さんはいつも疲れ切ったような感じでしたね。諸悪の根源は彼女の母親です。彼女のお父さんは婿養子ということもあって、母親に逆らえない所があるんです」

 女性は断言するようだった。

 確かに彼女にトラブルがあると、母親が出てきて彼女に有利な形におさめようとする。それが彼女に明らかな非がある場合でも。

「確か、彼女にはお兄さんとお姉さんがいらっしゃるそうですが……それはどうでしょう?」

「あぁ、お兄さんとお姉さんはすっごいまともです。いつも彼女にいじめられた時に話を聞いてくれました。でも、2人共大学進学を機に会う機会がなくて……今では、メッセージアプリでのやり取りぐらいでしょうか? ただ、彼女と兄姉の仲は悪いですね。彼女にとって兄と姉は口うるさい人ですから。だから、連絡もほとんど取ってないと。特にお姉さんと仲悪いですから。昔っから」

「それはなぜ?」

 女性は目をそらした。聞かれたくない内容だったのだろうかと陽貴は困った顔をする。

「すいません、失礼なことを聞きました」

 陽貴は慌てて謝る。

「いえ、気になるのは仕方ないと思います。ただ、お姉さんは遠くで元気にやってるそうですよ。あぁ、数年前、呉松家の跡継ぎの話で、お姉さんが実家に帰ってきましたが」

 陽貴は彼女の姉があんまり実家との付き合いをしていないことを思い出した。何か確執があるのだろうと心の中で留める。

「話変わりますが、今日彼女の家に行ったんです。話色々聞けましたよ」

 女性はニンマリといたずらっぽい笑顔を出しながら、スマホを取り出した。

 メッセージアプリを開いて「見てください」と、陽貴にスマホを見せる。

 結花と女性とのやり取りだ。

「……この男性なんですが、私見ました」

 静かに告げる女性に陽貴は目を丸くする。

「もしかして、娘さんに送ったのは……」

「はい、私です。彼女本人に言うのはどうかと思いまして。あの日、私は彼女とランチしていたんですが、喧嘩してしまって……その最中に彼女の夫が倒れたというお話が来て、私は早く駆けつけるように言いました。それでももたもたしていたので、彼女は。もう、彼女の態度にうんざりして、支払いだけして、頭冷やすために一宮駅近くの図書館に行ったんです。落ち着いた頃に図書館出て、家に帰ろうかという時に、彼女が一宮駅で男性と一緒にいる姿を見ました。思わず写真撮りました」

 陽貴は女性の話に黙って頷く。

「本人に言っても無駄でしょうから、彼女の娘に送りました。まさか、こんな状況で、男性と一緒にいるなんて思わないでしょう」

「まぁ、そうですね。少し見せてください」

 陽貴は目を凝らして女性のスマホを見る。

 スポーツマンな雰囲気だ。髪型も清潔感あるスポーツ刈り。

 背が高いし、体格も良さそうだ。

 何もなければ是非うちの社員で欲しいと思う。

 多分女性スタッフや買い物客のオバチャンに人気でそうだ。

「彼女曰く、マッチングアプリで出会ったそうですよ。やり取りも見せてくれました。この下に写真があります」

 陽貴は女性のスマホをスクロールして、写真を見つける。

 おそらく彼女がスクショして女性に送ったものだろう。

 送信は今日の昼の12時頃。

 しかしスクショした写真を拡大すると、やり取りの男性――りゅうちゃんとのやり取りは12月14日。

 寂しいから遊んでほしいから始まって、具体的にいつどこで待ち合わせると書いてある。

 他の日には、彼女が服を着て似合っているかどうかや、お断りされてプンスカしている写真などが入っている。

 陽貴はなにかを察したかのように、能面のような顔になる。

「彼女が使っているマッチングアプリって分かりますか?」

「……申し訳ないですが、私はそういうの疎いので……でも、名前分かりますよ。自爆してくれましたから。あと、SNSに彼女の陰湿な証拠がまだあるのでお見せします。お願いされた通り録音しといたので」

「えっ?! 本当ですか?」

 陽貴の声が淡々としたものから少し高くなった。



 

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