44話 大好き
店を出た俺たちは、再び大通りを宛もなく歩み行く。
ショーウインドウに映る様は紛れもなくカップルそのもので、こころと付き合ったのだということを改めて実感していた。
俺は未だに「好き」という気持ちがどういうものなのかを理解できていない。
でもこころと付き合って、ある程度の日々を恋人として過ごしてきて、何となく分かってきたような気がする。
結局のところ、俺が感じている疑問には答えが出ないのだ。
「好き」という気持ちは漠然としていて、それを言葉で正確に言い表すことなんか出来ない。
「好き」という気持ちに理由はあれど、その気持ちがどういうものかを言葉で表すのは難しいだろう。
ただ今言えるのは、彼女と手を繋いで歩いているという何気ない行動も幸せに感じるということ。
一緒にいるだけで心が満たされて、何気ない行動にも幸せを感じられる。
それが、今俺の漠然と感じている「好き」という気持ちなのかもしれない。
「さっきからぼーっとしてるけど、何かあった?」
物思いに耽ていると、隣で歩を進めるこころが声をかけてくる。
「いや、俺たちって本当に付き合ってるんだなぁって」
「何、今までの記憶消えちゃった?」
「んなわけねぇだろ、全部覚えてるよ。全部覚えてるからこそ、そう感じてるんだ」
「どういうこと?」
「正直に言うと、俺は今までこころを恋愛対象として見たことがなかった。異性として見たことはあっても、ずっとただの幼馴染だと思ってたんだ」
「本当だよね。私の気持ちにも全然気づいてくれないしさ?」
「それは悪かったって」
いじけるように言ったこころに俺は謝る。
これに至っては、もうただひたすらに謝ることしか出来なかった。
「だからこそ、そう感じるんだ。こころは幼馴染だっていう認識が長かったからさ」
「今は、もう違う?」
「流石にな。俺はこころをちゃんと恋愛対象として見てるし、こころが好きだよ」
「っ――!?」
瞬間、こころの顔が真っ赤に染まる。
あまりにも一瞬で、それもいきなりの出来事だったので、俺は思わず心配してしまった。
「ど、どうした? 大丈夫か?」
「だ、大丈夫。ただ何気ない会話の中で、さり気なく『好きだよ』って言われたのが……すごく、恥ずかしくて」
「そ、そういうことか」
俺から手を離したこころは、まるで帯びた熱を確認するように頬に両手を当てて瞳を伏せる。
対する俺も、こころに指摘されて意識してしまっていた。
そうして二人の間に降りた沈黙に耐えきれなかった俺は、この雰囲気を壊すために口を開く。
「そういえば、こころはいつから俺を好きでいてくれてたんだ?」
「確か、中学三年生になったあたりからだと思う」
ということは、こころは一年と半年のあいだ片思いで居続けてくれたということか。
なるほど、なるほど……。
「本当にすみませんでした」
謝るしかなかった。
まさかそんなに長い間待たせていたとは……。
「そんなに謝ることないよ。さっきはああ言ったけど、留衣は私を好きじゃなかったんだし、私が好きだって言えなかったのが悪いんだし」
「それでも、長い間待たせちゃったんだ。それにもっと早くからこころを好きになってれば、もっと早くからこころと一緒にいられただろ」
「ま、まぁ、そういうことになるの、かな?」
「なんで、もっと早くこころを好きにならなかったんだろうな……」
俺は恋人という間柄でこころの傍にいられることがこんなに幸せだと思わなかった。
だからこそ、後悔してしまう。
もっと早くこころを好きになっていれば……と、ため息すらついてしまう。
その時、こころが俺の腕にぎゅっと抱き着いてきた。
「なら、これからの時間を大切にしよう? 後悔したって何にもならないんだしさ」
「こころ……あぁ、そうだな」
本当なら、こころの方がずっと辛かったはずだ。
想いを伝えたくてもなかなか伝わらないのは容易に想像できるから。
でもこころは、前を見ている。
後悔している自分が情けなく感じてしまうくらいに。
だから前を見て俺に笑顔を見せてくれるこころに、俺も前を見て笑顔を見せるだけだった。
「……大好きだよ」
「うん。私も……大好き」
こうして想いを共有しているだけで、さっきの後悔がちっぽけに見えるくらい満たされる。
改めて、こころが彼女でよかったと思えた。
だけど……。
「と、とりあえず、そろそろ昼だし何か食べに行くか?」
「う、うん、そうだね!」
道のど真ん中でイチャついているせいか、周りの視線がこれでもかと突き刺さってくる。
それを彼女も感じ取っていたのか、俺の提案に食い気味にのってきた。
「実は、デートによさげな店をいくつか調べておいたんだ。この時間帯ならここのカフェとかがいいと思うんだけど、どうだ?」
言いながら、俺はスマホにそのカフェのことが書かれているウェブサイトを出す。
大通りから少し外れた路地裏にあるのだが、これが結構の穴場で昼食時にも人は少ないという。
落ち着いた雰囲気の店で料理も美味しいらしく、他人を好まない俺たちにとっては絶好の昼食スポットだった。
「うん、行きたいっ。すごく美味しそうだし」
「なら、ここで決まりだな」
昼食場所を決めた俺たちは、いつの間にか止めていた足を再び動かして路地裏へ入っていくのだった。
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