第11話 笑顔

 やえにとって他の人がいない家は仕事がしやすかった。目が悪いと言っても近づきさえすれば分かるのだ。

 

 里長の館ではやえは炊事の場からは遠ざけられた。

 刃物があるけんね。火も使うんじゃ、あんたが来ちゃいけん。そう言われた。

 確かに刃物は危険だが、自分でしまった場所なら覚えている。慎重に自分一人で行動すれば、何も問題は無い。

 分からない事が有っても時間を掛ければ良いだけなのだ。

 他の下女がいたなら、何をグズグズしちょるんね、と怒鳴られる。一切他人を気にせず作業できるのはやえにとっては初めての経験であった。


「なんだか家の中が爽やかになった気がする」

「掃除したからに決まっちょろう。

 うぃるは掃除しなさ過ぎじゃ」

 

 うぃるが不器用に箒を使う。

 午前中は寝ているうぃるだが、昼過ぎると起きて来る。そこから夕方までは二人で過ごす時間だ。


「なんじゃってここの床は砂や泥が多いんじゃ。

 と言うかうぃる?!

 なんで家の中で靴履いちょるんじゃー」


 うぃるは異国ではそれが常識だと言う。

 ほんまか、うちが異国の事なんも知らん思うて騙しちょらんか。


「里人が畳と言う物の上で暮らしてる、と言うのは何となく知っていた。

 どんな感じなんだ」

「落ち着くよ。

 この家みたいに高い腰掛と机があるのも開放的でええと思うけど。

 畳に腰を下ろせるのもええもんじゃ」


 そんな訳で家の半分は改装して畳敷きとなった。

 

「やえ、火を使うのは危険だ。

 俺がやる」

「大丈夫よ。

 もう慣れたもんじゃ」


 確かに竈の火を起こすのは怖いのだが、慎重にやれば良いだけ。炭に種火が残っている。長い鉄箸で燃えがらを取り出し団扇で仰いで枯れ木を入れてやれば、真っ赤に燃え上がる。


「どうじゃ

 美味く出来たと思うんじゃ」

「米が柔らかい!」


「うぃるが前に炊いてくれたんは固くなり過ぎちょった。

 多分水分が足らんかったんじゃ。

 先に米も研いどらんかったじゃろ」 

「そうか。

 やえは料理が上手なんだな」


「米を炊いただけじゃ。

 料理言われても……」


 と言いつつも、それでも褒められるのは嬉しい。

 

 今まで言われてきた言葉。

 

 何を愚図愚図しちょるん。

 はい、すんません。

 あんたは近寄らんとき。

 ……分かりました。えろうすんません。

 

 危ないから近寄るな、とやえの事を考えての言葉と理解はしていても。だからといって胸が痛まないかと言うとそれはまた別問題。痛む胸を抑えて無理矢理笑って来たのだ。 

 それが現在は……そんな笑いを浮かべる努力は必要は無い。勝手に口角が上がる。頬が緩んで自分の口から自然と笑い声が零れる。

 こんな風に笑えるのは何時以来だろう。遥か昔、もう顔さえ覚えていない母や父、兄弟と暮らした頃以来なのかもしれなかった。

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