第2話 0か100か思考の呪い
自己肯定感を高めるには、その日あった良い事と悪い事を書き出すと良いと聞いた。せっかくなので試してみよう。
読み物としては、私の生い立ちをなぞる方が読者の興味を誘う気がしなくもないけれど、できるだけ頻度多く日記を更新するのも、「ハードルの低い目標を達成する」という自己肯定感を高める――というより、取り戻すことに繋がるのではないかと思った次第である。
今は、自分の好きな文章を書くという行為を通じて何かを得てみたい。
成果を出すとか入賞するとかそういう事ではなくて、言葉選びの訓練がてら内省できたら、それはそれで成長と言えるかもしれないという塩梅だ。
今日は息子がデイサービスへ行く日なので、昨晩の荒れた気持ちを引きずりながらも弁当を作り、無事送り出した。唐揚げ弁当。
朝から揚げ物なんかして、えらいじゃないか。
夕方は息子を連れて家業の手伝いをする予定だ。
うん、大人としての責任を果たしている気がしてきた。
文章を書き溜める意味で、午前中から駄文を紡いでいるのが良い事かどうかはさておき、最低限の家事は放り出していない。世の主婦の皆様には当たり前だと怒られてしまいそうだが、こちらは「当たり前」が出来ない全力ADHD主婦である。
この程度の出来たことを「良かったこと」としてカウントしておかないといろいろ基準が上がってしまって、前進も後退も出来なくなってしまう。
それでは本末転倒なのだ。そういう事にしておいて頂きたい。
そもそも論、本音を書き散らかしたエッセイなどを始めるというのも私にとっては狂気の沙汰だ。ペンネームをわけているわけでもないのに。(なりふり構っていられるかこんちくしょう)
何故このような暴挙に出たのか。端的に言えば他者への嫉妬が爆発したからに過ぎない。
私は同じ境遇で頑張る人達のエッセイや日記を読むのが好きだ。自分だけが苦しい状況に立っている訳では無いと、勝手ながらに慰められる。
ある時は、毒親サバイバーの同志の日記を読み、ある時は障害者家族の呟きを追う。大人の発達障害者の失敗談を読んで勇気づけられ、生きづらさを抱える人たちがどうやってその傷を抱えているのか勉強させていただく。
そうしてゆくことで、誰にも吐き出せなかった淀んだ想いを昇華させているのだと思う。
けれど、完全なる絶望が存在しないのと同じように、完全なる不幸もめったに存在しないように思う。不運ばかりが目につくが、他の部分では恵まれていた、なんて事はよくある事だ。
それは、私に対しても言える事であるのはきちんと心に留めておかねばならない。誰かから見て「羨ましい」何かが私の持ち物にあるかもしれないが、ここでは棚にあげさせていただこう。
“その人”にあって私には恵まれなかった物など、数えてしまえばきりがない。それでも私は、数えてしまった。二度と手に入らない失ったものを。そんな、私が喉から手が出るほど欲しかったものを当たり前のように手にしておきながら、“その人”は人生に絶望している。“その人”の理想にそぐわない、その一点のみにおいて、手にしている幸福を「大した事ない」ものとしてぞんざいに扱うのだ。
すべての言葉は、私に帰って来る。
そうだ、私こそ“その人”と同じ状況に陥っている。
「だからこそ、家族を大切にして、持てるものを大切にしなくてはならないね」
心の中に住まう天使が私をたしなめる。
「それは何故か?」天使の陰に隠れていた悪魔が、嗤いながら囁く。「お前は分不相応な理想を抱く、道化師だからさ」と。
私は、道化師ではいたくないのだ。一足飛びに理想を叶えるのは難しくとも、少しずつ思い描いた図案を編んで行けるよう、出来ることはないのか。
「結果が出せなければ何をしても意味が無い」
これは、私が友人から受け取ってしまった呪いである。その子は、プロになれないなら絵を描いていても意味が無いと断言する子だった。
「そんなのはただの現実逃避だ」と。
「現実に直面せず絵ばかり描いて、そんな事をしてばかりいるなら、お前の将来はホームレスだ」
そう言って母は、私の画材をすべて捨てた。
自分に才能が無い事は気が付いていた上で、真面目に就職活動をしていた。その中でも、どうしても絵を描くことを捨てたくなくて、社会人になっても勉強し続けるか、迷っていた時の事だ。
私はそこでも呪いを受け取って、絵が描けなくなった。
その呪いの本質は、「0か100の思考」にあると思う。
別に、プロになれなくたって創作活動は続けてよいのだし、世の大半の人はそうしているじゃないか。自由に、思い通りに創造の翼を広げて充実した日々を送っているじゃないか。
私は、結果が出せないからと何もしないで年を取るよりは、好きなように創作してゆきたい。
まだ呪いは解けていないから、どうしても評価に結びついてほしいと思ってしまうけれど。
「しなやかな思考」にたどり着くにはまだ、私にとってまだまだ長い道のりのようだと、気が付いたことが本日の悪い事なのかもしれない。
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