1-2.「字の類型」

1-2-1.文字の分類

📖この節では、次の項目について説明する。

  【どう

   🖈同字のバージョン

   🖈字体をめぐっての争い

  【そうしょたい

  【ぞく

   🖈非同字の混同

  【ごう

  【こっくん

   🖈国訓による事故にはお気を付けくださいませ

  【

   🖈当て字の例

   🖈当て字の是非

   🖈かばわずともよい物をかばうのは愚行ですわ

   🖈中国語における当て字

  【ゆうれい



      †



📕【どう

 〈異なる字形になっているが同一である文字〉の意。

 〝あ:ア〟〝せんせん〟などがこれ。


   📍同字のバージョン


 なお、同字のなかでっとも新しいバージョンを「しんたい」、それ以外のすべてのバージョンを「きゅうたい」と呼ばれ、同字における各字体の関係を「たい」と呼ぶ。

 一般に旧字体は、字形が複雑で読みづらいため、一般的な記述ではつねに新字体を選択したほうがよい。

 逆に創作中などでの場合では、あえて複雑な字体を採用することで、いかつさやいかめしさを演出することもできるだろう。


   📍字体をめぐっての争い


 ところで必ずしも簡易なほうの字体が、常用指定されているわけでもない。

 たとえば昔、〔禱〕は人名用漢字だったが同字の〔祷〕がそうではないせいで氏名に用いれず、これを不当としてしょうに至った例があった。

 それを受けて現在では、後者のほうが人名用漢字に含まれている。


 ほか、〔恋〕に対する〔戀〕のように、一般には同字とされているが実は別字、と考えられる字も有ったりするから気をつけろ。



      †



📕【そうしょたい

 〈草書(下書き)を速記するために字の書き順を極力つなげたり部品の省略を追求したりした新字転化〉の意。

 [くず]と書いて同義。


 手書き速記のために必要とされた書体だが、非常に判読しづらいという難点がある。

 くわえて最近では、コンピュータ上での速入力法が追究されたり、AIによる自動技術などが発達してきたため、需要はかなり落ち込んでいるものと思われる。

 また〝正格ではない〟とされるゆえに、コンピュータ上では標準で扱えるようになってはおらず、使用にはそれに応じたフォントなどが必要になる。


 なお「ひらがな」や「カタカナ」は、万葉として用いられた漢字をとことん草書化したものである。

 原形ほぼとどめてねえな(



      †



📕【ぞく

 〈正格ではないが俗には通用している同字〉の意。


 これも草書体と同様に〝正格ではない〟という事で、コンピュータ上では標準で扱えるようになっていない。

 ただし〔㐧(第)〕〔门(門)〕〔仐(傘)〕などの、〝使用ひんが高い〟とされるいくつかの俗字については、文字コード上に登録があって標準使用できる。

 製パン業を営む『第一屋製パン』が、ロゴに『だいいちパン』と俗字を採用していることで有名。


 またこれはあまり意識されていない様子だが、「そうざい」としてよく遣われる〔惣〕も〔総〕の俗字である。


   📍非同字の混同


 一方で〔綜〕もまた〔総〕の異体字とされるが、しかしこれらは厳密には別字。

 〔総〕の字義は、〈色糸を束ねた飾り〉転じて〈まとめて束ねる〉。

 〔綜〕の字義は、〈り機での縦糸を上下に分ける機構〉転じて〈まとめてそろえる〉。

 これら転じの意味が似通っているために、混同されたものと想像される。


 ホントこういうの、いちばん最初の下手人はだれなのよ。

 運用は揺れててもいいけど、定義は揺るがしちゃダメだろ。

 揺らぐ定義ってそりゃ不義だろ(



      †



📕【ごう

 〈既存の複数の文字を組み合わせて産み出した新しい文字〉の意。

 〝麿まろ〟〝より→より〟〝かぶしきがいしゃかぶしきがいしゃ〟〝ユーユーダブルユー〟などがこれ。


 〈ひらがなやカタカナの合字〉を特に「ごうりゃく」と呼ぶが、これは「一字一音」という日本語への期待を裏切るため、使用はあまりすいしょうできない。


 〔㍿〕などについては一般に「りゃっごう」に分類されることが多いが、合字とも十分せる。

 ただしこちらは、縦書き用と横書き用とで、字体が変わる場合もある。



      †



📕【こっくん

 〈日本国内において原義とは異なる字義で機能する漢字〉の意。

 〝芝(㊣きのこ:㊐しば)〟〝森(㊣はやし:㊐もり)〟〝鮭(㊣ふぐ:㊐さけ)〟などがこれ。


 既存のものが有ると認識しないまま国字として作られたり、日本独自で意味を追加された形で生じたもの。

 原義を無視した形で運用されているものゆえに、本則と呼べるかに大きな疑問がある。

 厳密には「原作毀損レイプ」とも言えるものであるので、この通用は個人的には納得がいかない。


   📍国訓による事故にはお気を付けくださいませ


 〈き物全般の総称〉を「くつ」と呼ぶ、という事には一般に認識されておりますわね。

 しかし本来これは「くつ」であり、前者は本当は〈ぐんなどの立派な仕立ての革のちょう〉を指すものですの。

 そして、〝ここでお脱ぎください〟との注意書きがある場所で、中国人旅行者がしかられてしまった、などというエピソードが聞かれましたわ。

 せっかく日本へお越しになったこの方は、なぜしかられなければならなかったのでしょうか。

 わたくし、かなしゅうございますわ。



      †



📕【

 〈原義を故意に無視して別字を代理させた漢字〉の意。


 複雑な字をより簡便なものとしたり、ぶんげい的効果をねらう目的で、同じ発音のものや姿の似るものを代理字として、差し替えが行なわれることが有る。

 漢語レベルでのそれと、日本語レベルでのそれが存在する。

 そのいずれにも起因して、同字ないし同義と誤解される漢字が多数出てしまっているが、ここで忘れるべきでない原則こそ〝漢字はほぼイラスト〟がある。

 その使用の是非は、つねに検討されるべきだろう。


   📍当て字の例


 意味的にたんするにもかかわらず、ひんぱんに差し替えられがちな漢字としては、主に次のようなものが有る。


  ㊟ウンくさる〉: ㊜ゲイ〈わざ〉

  ㊟おこ〈盛んで激しい〉: ㊜おき〈一見落ち着いているが内部がしゃくねつしている〉

  ㊟ガイ〈ふた〉: ㊜カク〈たしか〉

  ㊟ガイ〈傷つける〉: ㊜ガイさまたげる〉

  ㊟〈ゆるがない〉 ㊟〈こども〉: ㊜〈前語の強調〉

  ㊟〈ひとまとまりの人格や性質〉: ㊜〈物を数える単位〉

  ㊟ゴウ〈呼び掛ける〉: ㊜ゴウ〈大声で叫ぶ〉

  ㊟こい〈切実にう〉: ㊜こい〈心が惑う〉

  ㊟サイ〈能力〉: ㊜サイ〈1年〉

  ㊟〈こども〉: ㊜〈指導者〉

  ㊟つかえる〉: ㊜〈する〉

  ㊟シュウ〈あつる〉: ㊜シュウ〈あつる〉

  ㊟ジョ〈順序づける〉: ㊜ジョ〈心をくむ〉

  ㊟ショウゾウ〈ゾウ〉: ㊜ショウ〈うかがえる様子〉 ㊜ゾウ〈形やりかた〉

  ㊟センたたき交わす〉: ㊜セン〈ふるえる〉 ㊜そよ〈わずかな揺れ動き〉 ㊜おののわなな〈おびえ〉

  ㊟テイチョウ〈ちょうど合う〉: ㊜テイチョウ〈くぎ〉 ㊜テイチョウ〈図画を張り出す〉 ㊜テイチョウ〈ぬきんでる〉 ㊜テイ〈ねんごろにする〉 ㊜テイ〈礼儀正しい〉 ㊜チョウ〈文書や合図〉

  ㊟テン〈ころぶ〉: ㊜テン〈さかさまになる〉

  ㊟なんじ〈自分〉: ㊜〈そこへ属する〉

  ㊟ハン〈そりかえる〉: ㊜ハン〈はむかう〉

  ㊟ベンベンはなびら〉: ㊜べん〈切り分ける〉 ㊜ベン〈言い分ける〉 ㊜ベン〈編み分ける〉 ㊜ベンさばき分ける〉

  ㊟むな〈中身が無い〉: ㊜おき〈岸から見えるが遠く離れた水域〉

  ㊟レイ〈そのようにさせる〉: ㊜レイ〈人が生まれてからの年数〉


 無論ほかにも多数存在する。

 ……本当は「べん士」のやつ、「弁護士」って〈お花屋さん〉とかかな(


   📍当て字の是非


 当て字とはつまり、意味の通らない表記という事である。

 もしも読む文章に登場したなら注意深く意味をうかがい、または自分で書く場合には誤用をそのまま通して構わないかよく検討されたい。

 実際、〝ようようたいけい〟のような決まりなど無いものだ。

 つまり「正しいかどうか」よりも、「どう通用させたいかという筆者の意志」が重要になるので、さじ加減はきわめて微妙。

 ただあえて誤用を通すなら、ツッコミを受けたときどう対応するか、という考えはまとめておいたほうが良いと思われる。


 ちなみに「かんづき」は〈神不在の月〉などではなくて、〈いづ大社に神々が集合する月〉こと〔かんつき〕が転化した「かんづき」であると。

 あまつさえ、そこに全然関係ない{}が当て字されたのだと。

 そう知った日には「下手人は逮捕で死刑ええぇぇえ‼」ってぼく思ったよ(


   📍かばわずともよい物をかばうのは愚行ですわ


 いえこちら、本当に〈神不在の月〉なのでしたら「かんなしづき」になるのではなくって?

 〈不在〉の意味で「」がはさまるような古語名詞は、おそらくございませんでしょう。

 むやみに〝いづ大社に神々が集合するから、全国的には神がいなくなる〟のようにかばおうとしますと、このような感じで他の部分に不整合が出てくるものでしてよ。

 よってここは、おひとつ冷静になっていただいて、「かばわずともよい物を無理してかばう」という愚かな事など、お控えになられたほうがよろしいかと存じますの。


   📍中国語における当て字


 ところで現在では中国語においても、特に外来語を漢字表記するには限界がきており、それらに対する当て字表現がみに増加している、とのこと。

 たとえば〈トランプ⦅元大統領⦆〉は「⦅チィェンゾントンチュァンプー」となり、発音はだいぶ近いものの、この表記は「trumpテュラーンプ〈勝利への導き〉」の意を指さない。


 これをもって、〝漢字は必ずしも表意文字とは呼べなくなった〟という指摘も聞かれる。

 しかしこれはぼくに言わせれば、〈音のみを表現する文字〉は飽くまで「」と呼ぶものである以上、それは「万葉」に相当するもの。

 よって、どれだけ漢字のように見えていても、もはやそれは漢字などではない別の何かであり、ゆえに当該指摘は的外れ、という事になる。

 ともすれば近くない将来、中国語もまた日本語に近い、文字まじりの表記スタイルに化けるのかもしれない。



      †



📕【ゆうれい

 〈由来も正体も不明で意味解釈も発音もできず扱いに困る漢字〉の意。

 〝彁〟〝暃〟〝閠〟などがこれ。


 おそらくふつうに単なる誤字と思われるが、いくつかの歴史的文書などで遣われてしまっているため、漢字であると「とりあえず仮定」して扱うことにしたもの。

 ただそれは便べん上の話であり、結局はの要件を満たさないため、記号に分類される。

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