告白するおはなし⑤

 十五分も経たないうちに、センは喫茶エトピリカへと辿り着いた。バサリと羽ばたいてブレーキをかけ、空から地面へと降り立つ。

 客は少ない。好都合であった。ざわつく店内では、大切な話など出来やしないだろうから。

 センは、髪や服が乱れていることも構わずに、店の中へと入る。カランとベルの音がして、店長が、クーが、ソラが振り向く。

 すかさずクーがセンに近づく。微笑みを湛えて、センに声をかけた。


「セン、あの子が来てる」


「うん」


 センは頷いた。

 ホールにはいない。となれば、休憩室だろうか。そう考え、センは真っ直ぐに休憩室へと向かった。


 ドアの前にはチイがいた。彼女は相変わらずの塩対応で、淡々とセンに語る。


「セン、あんたは偏見ないだろうから心配はないんだけど、一応言っとく。あの子を泣かせたら容赦しないからね」


 いや、チイの言葉には圧があった。まるで、クロを守ろうとするかのようだ。

 センには自信があった。クロのどんな姿を見ても、自分の気持ちが揺らぐことはないと。


「大丈夫ですよ、チイさん」


「……だと思うけどね。一応ね」


 チイはセンを睨んでいる。信用されてない気がして、センは乾いた笑いを洩らした。


 ドアの奥にクロがいる。

 きっと彼女は意気消沈しているだろう。センと顔を合わせることに、抵抗があるだろう。

 だが、隠れられては仕方がないではないか。二度と会えないなんて、寂しいことだ。


 センは、早鐘を打つ心臓を鎮めるべく、一度だけ深呼吸した。そして、ドアをノックする。


「入るよ」


 暫く待つが、クロからの返事はない。

 センは静かにドアを開けた。


「……やあ」


 そこにいたのは、いつものように人懐こい笑顔を浮かべるクロがいた。

 センは笑みを浮かべる。


「元気?」


「うーん、まあまあかな」


 会話が途切れる。

 互いの胸中を探りながらの会話だ。ぎこちなくなってしまうのも仕方ないだろう。


「隣、いい?」


 センが訊ねると、クロは小さく頷いた。

 センはパイプ椅子に腰掛ける。クロの隣だ。


 暫く沈黙に包まれた。何から話せばいいだろうかと、センは悩む。勢いのままに喫茶エトピリカに来たものの、話す内容など考えていなかった。

 ややあって、センは口を開く。


「俺は、クロがクロインコだとか、どんな見た目だとか気にしないよ」


 励ましのつもりだった。しかし、クロはそれを素直に受け取ることができない。息を詰まらせ、大きくため息を吐き出した。

 クロの手が、彼女自身の頭に伸びる。おもむろにウィッグを外すと、今の頭をさらけ出した。

 あまりに衝撃的な姿であった。センは目を丸くし、それを真っ直ぐ見つめる。クロから目を逸らしてはならないと思ったのだ。


「私は、自分の、この頭が嫌い」


「……軽率だった。ごめん」


 再び沈黙する。

 どう慰めようか。センが悩んでいると、今度はクロが口を開いた。


「私は、今の私が大嫌い。昔のトラウマを思い出して、うじうじして、それを理由に、センを傷つけた自分を正当化してた。こんな頭だから会えないのは仕方ないって。

 ただ、自分が怖がってただけなのに」


 クロの体が震えている。

 センはクロを見つめた。


 改めて見れば、クロは華奢な女性だった。

 普段の強気な態度は、きっと自分を守るためのものだろう。自分の弱さを隠すためのものなだ。そう考えると、いじらしくてたまらなかった。


 彼女の強さも、弱さも、全て受け入れたいと、そう思ったのだ。


「クロ」


 センはクロに手を伸ばす。彼女の左手を、自分の両手で包み込んだ。

 クロは手を引っ込めようとするが、センはそうさせなかった。離せば、どこかへ行ってしまいそうな気がしたのだ。


「怖がる理由はわかる。でも、安心して。俺は、見た目を理由にクロを嫌いになったりしない」


 クロの手から力が抜ける。センは、柔らかな手の甲を慈しむように撫でた。

 

「俺が好きになったのはクロなんだ。

 俺にアドバイスをくれて、勇気を出すことを教えてくれたキミなんだ。たまに振り回されるけど、それも含めて、クロが好きなんだ。

 だから、安心してほしい。髪があってもなくても、クロ、君が好きだよ」


 拙い言葉で、センは精一杯の愛を語る。

 それ以外に、彼女を慰める言葉が思いつかなかった。言葉を尽くしたつもりであったが、果たして彼女の心に届いただろうか。不安で仕方なくて、センはクロの手を強く握る。


「……ふはっ」


 クロは表情を崩し、笑いを洩らした。

 センは首を傾げる。


「そんなに愛を語られたら、くすぐったいじゃない」


 クロは顔を真っ赤にし、口元を片手で隠す。笑顔を浮かべているのだろう。頬が上がっていた。


「ていうか、クロインコが禿げちゃう理由、知ってるの?」


 クロは問いかける。

 センは知っている。そして、羽根が落ちたタイミングは大晦日。クロと出かけた夜のこと。センには確信があった。


自惚うぬぼれていいんだよね?」


 そうからかうと、クロの顔は赤みを増す。クロは何も言わず、しかし大きく頷いた。


「こら、仕事に戻りなさい」


「いやでも、今すごくいいところで……」


「押すなって」


 ドアの向こうから、ヒソヒソと声が聞こえてくる。センは訝しんで、ドアを振り返った。

 木製のドアには、小さなガラス窓がついている。そこから外の様子が少しだけ見えた。


 クーが、ソラが、休憩室の中を覗いている。窓からは見えないが、チイも近くにいるのだろう。クー達をたしなめる小さな声が、休憩室の中にも聞こえてきた。


 クロは慌ててウィッグをかぶる。センは、クーとソラの視線からクロを守るため、立ち上がってドアに近付いた。窓の向こうで、クーとソラが青い顔をする。


 センがドアを開ける。クーとソラは、ドアから飛び退いた。


「盗み聞きしてただろ」


「さ、さぁ?」


 クーはとぼけて首を傾げ、ソラはごまかすために口笛を吹いた。

 きっと二人は、センとクロの恋路が上手くいくか、心配であったのだろう。野次馬根性も相まって、休憩室を覗いていたのである。


「お前らさっさと仕事に戻れー!」


 センは頬を赤くして、冠羽を立てて彼らに怒鳴った。

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