想い出のおはなし⑤

「本当に、ここまででいいのかい?」


 車外へと出た正司とマナへ、ショウタロウは車内から声をかける。少なくとも三度は訊ねたその質問。正司にとっては、しつこいくらいであった。

 正司はショウタロウの問いかけに頷いて辺りを見回した。辺りは住宅地だ。明かりも多いし、人通りも悪くは無い。何より、帰宅が遅くなってしまった理由が老人のせいだと親に知られたくなかった。ショウタロウが一緒では気取けどられてしまうだろう。

 正司は、老人を悪者扱いしたくなかったのだ。


「大丈夫です。爺ちゃんのせいにしたくないから」


「そうか。悪いね」


 ショウタロウはモコに手を伸ばす。モコの冠羽を優しくポフポフと撫でてやる。


「今日は、マナのフリをしてくれて、ありがとう」


「おじいちゃん、喜んでたかな」


「喜んでたよ、きっと」


 次に、ショウタロウの目が正司に向く。その強い目力に、正司は体を強ばらせた。


「正司君、お願いを聞いてくれるかな」


「お願い、ですか?」


 正司はおそるおそる訊ねた。

 ショウタロウは、場を和ませるためフッと微笑む。


「どんなことがあっても、家族仲良くね。

 喧嘩してもいいけど、必ず仲直りしてほしい。人生は、いつ何が起きるかわからない。だから、後悔がないように生きて欲しいんだ」


 ショウタロウの口から語られた言葉は重いものであった。

 だが、実現が不可能なことではない。正司はしっかりと、深く頷いてみせた。


「母さんも父さんも、あとモコも。俺の大事な家族です。爺ちゃんとおじさんみたいに、仲良しな家族でいます」


 正司の言葉を聞いたモコが、ピンと片手をあげて言う。


「モコも、モコもおにぃのこと大事だよ」


「あはは、ありがと」


 正司は照れくささで顔を赤らめて、モコの頭をグリグリと撫でる。モコは嬉しくて、にっこりと笑った。

 ショウタロウもまた、仲良しな二人を見て微笑んだ。


 やがて、ショウタロウは車のエンジンをかける。最後に二言だけ、兄妹に声をかけた。


「じゃあ、気を付けて。

 今日はありがとう。元気でね」


「うん。ばいばーい!」


 モコは手を振り、正司は深々とお辞儀して、走り出す車を見送った。

 ショウタロウが運転する車は、住宅地の細い道をゆっくり進み、曲がり角に差し掛かるとブレーキライトをカチカチ点滅させて、正司とモコに別れの挨拶をした。


 車は見えなくなった。途端に辺りは暗くなる。


 モコは正司の手を握り、正司はそれを握り返した。

 隣に家族がいる温かさ、それを噛み締めるように、ぎゅっと強く。


「帰ろうか」


「帰ろっか」


 二人は繋いだ手を大きく振って、家へと帰っていった。


 ――――――

『想い出のおはなし』おしまい

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