想い出のおはなし

想い出のおはなし①

 ある夜、家族で夕飯を囲んでいた時のことだ。

 鳥子とりこのモコは、思い出したように声をあげた。


「あ、ねえねえ。今日変な人がいたんだよ」


 子供というものは純心で、だからこそ言葉には配慮がない。

 変な人と聞くと、家族の誰しもが不審者を思い浮かべてしまう。父親は食べる手を止めて、モコと同じ真っ白な冠羽を逆立てた。


「何かされたのか?」


 訊ねるが、父の心配は杞憂だったようだ。

 モコはゆるゆると首を振る。


「ううん。公園のベンチに座って、一緒にお話してたの。でもね、そのおじいちゃん、おんなじお話ばっかりするの」


 モコの言葉から、「変な人」の正体が老人だと判明する。


「ドバト? の鳥子とりこでね。杖をついててね。私のことをマナちゃんって呼ぶの。モコだよって言っても、ずっとマナちゃんって呼ぶの。変だよね?

 でね、この前一緒に行ったヤケイが綺麗だったねってお話するの。モコね、なんだか面白くって笑っちゃった」


 正司はシチューをスプーンですくいながら考える。その老人は、ボケているのではないかと。だから、つい呟いてしまった。


「その爺ちゃん、ボケてんじゃねぇの?」


「こら、正司。そんなこと言わないの」


 間髪入れず、母親に叱られる。


「別に、爺ちゃんここにいねぇし、いいじゃん」


「良くないわ」


 正司は途端に不機嫌になる。ふいっと母から顔を逸らすと、わざと母が困るようなことを言った。


「なぁ、その爺ちゃんに、明日会いに行こうぜ」


 声をかけた先はモコである。モコは目をぱちくりさせた。


「だめよ、ショウ」


「そうだ。不審者だったらどうするんだ」


 両親は揃って声をあげる。心配はもっともだ。だが、モコの話を聞く限りでは、危ない人物のようには思えない。


「杖ついてたんだろ? なら脚悪いはずだしさ、何もしてこねぇよ」


「だからといって、からかうために話しかけるのは、やめなさい。ショウが怪我をするかもしれないし、逆にお爺さんが傷付くかもしれない」


「大丈夫だって。ちょっと話すだけだからさ」


 言わなきゃよかった。正司は内心、父の言葉を鬱陶うっとうしく感じていた。

 正司は皿を持ち上げて、僅かに残っていたシチューをかきこんだ。空になった皿をシンクに運んで、食事を終わらせる。


「ごちそうさま!」


 正司は駆け足で階段へと向かう。


「早くお風呂入っちゃいなさい!」


「はーい!」


 母からの声掛けには、間延びした声で返事した。


「あ、おにぃ、待ってぇ」


 モコが兄の背中に声をかける。どうやら用があるらしい。シチューを食べ終えると、皿はシンクへと持っていき、トテトテと走って正司を追いかけた。

 正司は、階段を登りきった先でモコを待っていた。


「どうした?」


 正司が訊ねると、モコはにこっと笑う。

 階段を上がり、正司のそばに立つ。背伸びして、彼に耳打ちした。


「おじいちゃん、いっつも公園にいるよ。夕方の四時くらいから、六時くらいまで」


 正司にとって、それは有益な情報であった。目を見開いて、モコの顔をしげしげと見る。


「おじいちゃんと話したのは今日が初めてだけど、いつもいるんだよ。明日、おじいちゃんとお喋りしようよ」


 モコの提案は魅力的だ。だが、先程両親から反対されたばかりではないか。


「でも、父さんにも母さんにも、ダメだって言われたばっかりだろ。モコは大丈夫なのかよ?」


「大丈夫だよ。おじいちゃんね、変な人だったけど、優しかったんだよ。またお喋りしたい」


 正司は苦笑いした。

 

 この様子だと、モコは正司がついている、ついていないに関わらず、また老人とお喋りするだろう。万が一、本当に不審者だった場合を考えると、モコを一人で行動させるわけにはいかない。

 そうでなくても、老人に対する興味は尽きない。モコの提案に乗るべきだろう。

 正司はそう考えた。


「よし、じゃあ明日、四時半に公園に集合な」


 授業を終えて急いで帰れば、おそらく間に合うだろうと踏んで、待ち合わせの時間を決めた。モコは大きく頷く。


「うん。待ってるね」


「じゃ、風呂入ってくる」


 正司は着替えを準備するため、自室へと向かった。

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