虐められっ子のおはなし②

 ロッカーを捜し、下足場を探し、女子トイレを探した。しかし本は見つからない。まだまだ探していない場所は多いが、休憩時間は終わろうとしている。

 次の授業は理科だ。理科室へ移動しなければならないため、本の捜索は早めに切り上げることにする。


「ごめんね。あとは自分で探すよ」


 レミはがっくりと肩を落とす。やはり大切な本だったようだ。そんなレミの姿を見ていると、いたたまれなくて仕方ない。


「ううん。一緒に探すよ。大事なものなんでしょ?」


「今日は見つけるまで帰らないからね」


 市川と橋本は、食い気味にそう言った。レミは一瞬笑顔を浮かべるが、すぐに首を振って二人の申し出を拒否してしまう。


「やっぱり駄目だよ。巻き込んじゃったら……その……」


 レミには、自分が虐められているという自覚があった。そして、市川達が自分に関わることで、彼女達も虐められてしまうのではないかという懸念もあった。


「駄目じゃないよ。私達なら大丈夫!」


「友達のためだもん」


 レミは目をぱちくりとさせた。

 衝撃だった。市川も橋本も、虐めが怖くないのかと。


「私達が虐められるかもって思った?」


 市川は問う。キキは小さく頷く。


「私は大丈夫だと思うよ。ほら、この前私、バケツ投げたでしょ? それのせいで、多分ちょっと怖がられてるし……」


 橋本はへらへらと笑う。確かに、彼女は以前、クラスメイトの男子と喧嘩をして、バケツをぶつけるという仕返しをした。あれ以来、女子からは一目置かれ、男子からは少しばかり怖がられていた。

 レミはそれを思い出してくすりと笑う。橋本が虐められることがないのなら、彼女の親友である市川もきっと大丈夫だろう。


「ごめんね。放課後、ちょっとだけ手伝って」


 レミが助けを求める。それに対して、市川も橋本も、声を揃えて返事した。


「勿論!」


 三人は、理科の教科書を準備するため、一旦教室へと向かう。

 教室の中は、ほぼ空の状態だった。みんな理科室へと向かってしまったのだろう。

 

 残っていたのは一人だけ。虐めっ子の田川であった。

 レミと田川の目が合った。田川は焦り、「やば」と呟いて、手に持っていた何かを背中に隠す。


「田川さん……」


 レミは田川に声をかける。

 田川の手には、文庫本が握られていた。タイトルは「不思議の国のアリス」。


「私の本、返してくれないかな?」


 レミはおずおずと田川に近付く。

 田川は、レミの臆病な目に気付いたようだった。焦りの表情を余裕の笑みに変えて、これ見よがしに本を頭上に掲げた。


「これ、あんたの?」


「私のだよ。返して」


 レミは手を伸ばす。しかし田川の背は高く、レミの手は届かない。


「返してあげなよ!」


 たまらず市川は声をあげた。後ろに控えていた橋本も、じいっと田川を睨み付ける。

 田川の表情が凍りつく。いくら虐めっ子の田川と言えども、今の状況は多勢に無勢というものだ。


「返して欲しけりゃ、ここまでおいで!」


 田川は本を掲げたまま、教室を飛び出した。

 彼女は教科書を持っていなかった。向かう先は理科室ではないのだろう。

 見失ったら困る。市川はレミの手を引いて、田川を走って追いかけた。


「あ、いっちー!」


 橋本の声が聞こえるが、構っていられなかった。

 市川はレミを引っ張り、田川を追い掛ける。レミは転びそうになりながらも食いつくように走った。


 階段を上がり、上がり、最上階へと向かう。

 田川は屋上へと向かっているようだった。だが、普段は鍵がかかっているはず。市川は眉を顰めた。

 

 果たして、屋上への扉は開いていた。田川は迷いなく屋上へと飛び出す。市川とレミもそれに続く。


「田川ちゃん……どういう、つもり……?」


 全速力で走ったために、みんな息を切らしていた。市川は切れ切れに言葉を洩らす。

 田川は肩を上下させながら、追い詰められたとは思えないほどの不敵な笑みを浮かべていた。


「レミさぁ、カカポだから飛べないんでしょ?」


 田川は屋上を歩く。真っ直ぐ進んで、屋上の端。柵から手を伸ばして外に突き出した。

 握られた本は人質のように見えた。風に煽られ、ページがバラバラと捲れる。


「なら、ここから落としたら、取りに行けないね?」


「田川さん……」


 レミは何か言おうと口を開く。

 それを田川は遮った。


「あんたの鈍臭いとこも、ノロい喋り方も苛つくんだよ!」


 突然のことだった。突風が吹き荒れ、三人は驚き目を閉じた。各々、腕で顔を庇う。

 風は髪や羽を巻き上げ、乱れさせる。本はバタバタと暴れ、田川の手から滑り落ちてしまった。突風がそれを攫い、遠くへと持ち去ってしまう。


「きゃあ!」


 田川が悲鳴をあげる。

 田川の体が、風に煽られふらついた。柵は彼女の腰ほどの高さしかない。バランスが取れなくなった田川は、屋上から落ちようとしていた。

 

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