怖がりなおはなし③

 時間は午後九時を過ぎた頃。街には仮装が溢れ、普通の人なんて見かけない。普通の格好をしていたのはセンだけである。

 センはCUROクロに連れられて、駅前広場にやって来た。

 三脚とビデオカメラ、スマートフォンをセッティングして、二つのギターをチューニングする。これから、ここでストリートライブをしながら、スマートフォンで配信をするらしい。


「ほら、これ羽織はおって、これかぶって」


 CUROクロから渡されたのは、彼女とお揃いのとんがり帽子。そして肩に羽織る薄手のケープ。


「いや、流石に恥ずかし……」


「普通の格好の方が、場違いで恥ずかしくない?」


 センの言葉にかぶせるように、CUROクロは言う。

 センは辺りを見回し、自分の服を見る。何の変哲もないパーカーにジーパン。確かに場違いで、妙に恥ずかしかった。

 センはとんがり帽子をかぶる。自分の頭より随分と大きい鍔は、自重で外側が垂れ、顔を半分隠してしまう。


「これで顔はバレないよ」


「ああ、なるほど」


 セン自身は、顔を見られることに抵抗は無い。だが、CUROクロが作る世界観には、人の顔は不要なのだ。センは鍔をぐいと引っ張り、すっかり隠してしまった。


「私もね、前はストリートライブやってたの」


 唐突にCUROクロは語り出す。ギターを抱え、それを撫でながら。


「今はファンのみんなが観てくれるから、活動を動画に絞ってるけど、やっぱり楽しいよね、ストリートライブ特有の空気っていうの?

 君を見てて、思い出しちゃってさ。またやりたいなって思ったんだ」


 CUROクロはギターを鳴らす。普段と同じように、明るくアップテンポなメロディが辺りに響く。

 歌はない。ただ、メロディのみが辺りに流れる。


 段々と、辺りに人が集まってきた。彼らは、CUROクロCUROクロだと気付いていないのだろう。鍔に隠れて顔が見えない彼女を、ちらりと見やって音色に耳を傾ける。

 CUROクロは、センを見てニヤッと笑った。彼女は、何かを企んでいるに違いなかった。センは苦笑いをする。

 

 一曲終わり、パラパラと拍手が湧いた。

 CUROクロは顎をしゃくる。センに「ギターを持て」と指示しているのだ。センはドギマギしながらギターを肩にかけ、CUROクロを見る。

 予定していた通りに、二人は曲を奏でる。CUROクロの曲であるJ-pop。


「始まった僕の旅路はきっと

 目指したあの紺碧そらに辿り着くため

 流れた涙はきらり星になって……」


 CUROクロが歌う。始めこそセンは遠慮して黙っていたものの、CUROクロは視線で「歌え」と促した。

 センは思いきって歌い出す。高く伸びやかな声は、アップテンポな曲と相性が良く、CUROクロの声とのハーモニーは、前々から打ち合わせしていたのかと疑うほどに息がぴったりであった。

 不思議だった。センは、CUROクロを目の前にしても、緊張することもなければ怖気付くこともない。焦がれるほどに憧れた彼女は、昔からの友人であるかのように、一緒に歌うことがあまりに心地良かった。


 一曲終わり、CUROクロは集まった観客に手を振るという茶目っ気を見せた。勿論、目元を他人に見せることはない。

 センもそれにならい、控えめにひらひらと片手を振った。上がりそうになる鍔をぐいと下向きに引っ張って、徹底して目元を隠す。

 いつの間にか、観客はセンとCUROクロをぐるりと取り囲むほどに増えていた。あまりの人の多さに、センは驚いていた。人混みの中「あれCUROクロじゃない?」という声も聞こえてくる。CUROクロが歌っていることに、観客も徐々に気付きつつあるのだろう。


「君の曲も歌うといいよ」


 唐突にCUROクロが言った。センは顔を強ばらせる。

 プロの歌手が隣に居るのだ。曲の粗さを指摘されそうで怖い。


「無理無理無理!」


 センはブンブンと首を振る。顔は青ざめていた。

 CUROクロは、センが嫌がる理由がわからず、首を傾げている。


「何で?」


「だって……怖いしさ……」


 センはこぼす。

 観客はCUROクロの歌を求めている。名もない素人の歌なんて、観客は求めていないだろうと、センは決めてかかっていた。そのため、観客の反応が怖くて仕方ないのだ。

 興味を持たれないのはまだいい。もし、野次やブーイングが聞こえてきたらどうしよう。そう考えていた。


「でも、私は君のソロが聞きたいな」


 CUROクロは言う。

 先日、センの曲の粗さを指摘したのはCUROクロだ。それを忘れてしまったのだろうか。センはそんなことを考えて苦笑した。


「ね、お願い」


 CUROクロは帽子の鍔をくいと上げ、センにだけ顔を見せる。そのシチュエーションに、センはドキリとした。

 間近で見るCUROクロの顔は、とても綺麗だった。睫毛まつげは長く上向きで、唇はふっくらとしている。黒曜石こくようせきのような瞳と髪は、街の明かりに照らされ、キラキラとしていた。


「ああ、わかった! わかりました!」


 センはそれ以上彼女の顔を見ていられず、やけっぱちにそう言った。彼の顔は真っ赤に染まり、熱を帯びている。


 新曲を作っていないわけではない。だが、今までの作風とはあまりに違いすぎていて、人前で歌うのが怖いのだ。

 何度も音を作り直し、何度も歌詞を書き直した。きっと良いもののはずだ。そう自分に言い聞かせる。

 弦を弾く。水底を揺れるかのような、穏やかな音色。


「ふわり、揺れる、微睡まどろみの中

 きらり、瞳に、映る君

 遠い記憶に居る君は

 微かに笑った」


 穏やかな雰囲気は一貫して、決して弾けることはなく、音は膨らみ辺りを包む。

 後ろ向きな歌詞であったし、メロディだって洗練されているとは言い難い。それでもセンは、震えそうになる喉を叱咤しったしながら、持ち前のハイトーンボイスを響かせる。


「君が僕を忘れてしまって

 思い出せなくても

 どうか君の隣に居させて」


 演奏が終わる。ギターの音の余韻よいんが、暫く残り続けた。

 センは恥ずかしくて堪らず、鍔をぐいと引っ張った。この場から逃げ出したい衝動に駆られる。

 観客からの評価が怖くて仕方がない。


 パラパラと拍手が起こる。それは段々と大きくなり、観客の全員まで、伝播でんぱして広がった。


「え?」


 センは呆気に取られた。演奏が終わる瞬間まで、受け入れられないだろうと思い込んでいた。それがどうだろう。自分の臆病さをさらけ出したかのような歌を、しっかりと聴いてくれている観客がいるではないか。


「わあ、素敵! うん、君らしいね!」


 CUROクロはセンの両手を握り、ぴょこぴょこと跳ねながら笑って言った。


「君らしさが出てた。バラードかぁ。いいね!」


 センは弛んだ口元を隠せず、CUROクロにだらしない顔を見せてしまった。自分の曲を褒められることに慣れていないのだ。嬉しさを表現する術を知らない彼は、ただただ半笑いのまま棒立ちしていた。


「ねえ、もう一曲。もう一曲ちょうだい!」


 CUROクロはセンを余程気に入っているようである。上目遣いでセンの顔を見上げ、別の曲を強請ねだる。

 センはすっかり夢心地で、ぼんやりとしたまま頷きそうになる。ハッと我に返ると、目を泳がせて呟いた。


「えっと……まだ、あれしかない……デス」


「えー! そんなぁー!」


 CUROクロは心底残念そうに肩を落とした。

 センはCUROクロの様子がおかしくて堪らず、声に出して笑った。


 センにとって、こんなに楽しいハロウィンは初めてで、今日という日を忘れないでおこうと、そう思ったのだった。


 ――――――

『怖がりなおはなし』おしまい

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