怖がりなおはなし③
時間は午後九時を過ぎた頃。街には仮装が溢れ、普通の人なんて見かけない。普通の格好をしていたのはセンだけである。
センは
三脚とビデオカメラ、スマートフォンをセッティングして、二つのギターをチューニングする。これから、ここでストリートライブをしながら、スマートフォンで配信をするらしい。
「ほら、これ
「いや、流石に恥ずかし……」
「普通の格好の方が、場違いで恥ずかしくない?」
センの言葉にかぶせるように、
センは辺りを見回し、自分の服を見る。何の変哲もないパーカーにジーパン。確かに場違いで、妙に恥ずかしかった。
センはとんがり帽子をかぶる。自分の頭より随分と大きい鍔は、自重で外側が垂れ、顔を半分隠してしまう。
「これで顔はバレないよ」
「ああ、なるほど」
セン自身は、顔を見られることに抵抗は無い。だが、
「私もね、前はストリートライブやってたの」
唐突に
「今はファンのみんなが観てくれるから、活動を動画に絞ってるけど、やっぱり楽しいよね、ストリートライブ特有の空気っていうの?
君を見てて、思い出しちゃってさ。またやりたいなって思ったんだ」
歌はない。ただ、メロディのみが辺りに流れる。
段々と、辺りに人が集まってきた。彼らは、
一曲終わり、パラパラと拍手が湧いた。
予定していた通りに、二人は曲を奏でる。
「始まった僕の旅路はきっと
目指したあの
流れた涙はきらり星になって……」
センは思いきって歌い出す。高く伸びやかな声は、アップテンポな曲と相性が良く、
不思議だった。センは、
一曲終わり、
センもそれに
いつの間にか、観客はセンと
「君の曲も歌うといいよ」
唐突に
プロの歌手が隣に居るのだ。曲の粗さを指摘されそうで怖い。
「無理無理無理!」
センはブンブンと首を振る。顔は青ざめていた。
「何で?」
「だって……怖いしさ……」
センはこぼす。
観客は
興味を持たれないのはまだいい。もし、野次やブーイングが聞こえてきたらどうしよう。そう考えていた。
「でも、私は君のソロが聞きたいな」
先日、センの曲の粗さを指摘したのは
「ね、お願い」
間近で見る
「ああ、わかった! わかりました!」
センはそれ以上彼女の顔を見ていられず、やけっぱちにそう言った。彼の顔は真っ赤に染まり、熱を帯びている。
新曲を作っていないわけではない。だが、今までの作風とはあまりに違いすぎていて、人前で歌うのが怖いのだ。
何度も音を作り直し、何度も歌詞を書き直した。きっと良いもののはずだ。そう自分に言い聞かせる。
弦を弾く。水底を揺れるかのような、穏やかな音色。
「ふわり、揺れる、
きらり、瞳に、映る君
遠い記憶に居る君は
微かに笑った」
穏やかな雰囲気は一貫して、決して弾けることはなく、音は膨らみ辺りを包む。
後ろ向きな歌詞であったし、メロディだって洗練されているとは言い難い。それでもセンは、震えそうになる喉を
「君が僕を忘れてしまって
思い出せなくても
どうか君の隣に居させて」
演奏が終わる。ギターの音の
センは恥ずかしくて堪らず、鍔をぐいと引っ張った。この場から逃げ出したい衝動に駆られる。
観客からの評価が怖くて仕方がない。
パラパラと拍手が起こる。それは段々と大きくなり、観客の全員まで、
「え?」
センは呆気に取られた。演奏が終わる瞬間まで、受け入れられないだろうと思い込んでいた。それがどうだろう。自分の臆病さをさらけ出したかのような歌を、しっかりと聴いてくれている観客がいるではないか。
「わあ、素敵! うん、君らしいね!」
「君らしさが出てた。バラードかぁ。いいね!」
センは弛んだ口元を隠せず、
「ねえ、もう一曲。もう一曲ちょうだい!」
センはすっかり夢心地で、ぼんやりとしたまま頷きそうになる。ハッと我に返ると、目を泳がせて呟いた。
「えっと……まだ、あれしかない……デス」
「えー! そんなぁー!」
センは
センにとって、こんなに楽しいハロウィンは初めてで、今日という日を忘れないでおこうと、そう思ったのだった。
――――――
『怖がりなおはなし』おしまい
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