きっかけのおはなし

きっかけのおはなし①

 高校生である四嶋しじまフクは、隣の席に座る女子生徒が気になっていた。

 女子生徒の名前は、佐藤美羽さとうみう。髪は栗色。野暮やぼったい黒縁眼鏡をかけている。お洒落に興味はないのか、化粧っ気はないが素朴で愛らしい顔。真面目そうな、人間の女子であった。

 対してフクは、シマフクロウ族の鳥子とりこである。ブラウンの翼には縞模様しまもようがあり、頭には羽角うかくが飛び出ている。インコ族とは違う色合いだが、翼の美しさは目を引くほどだ。


 そんなフクが、何故地味な女子を気にしているのか。それは、佐藤がやたら勉強熱心だから。

 佐藤は頻繁ひんぱんに、休み時間の度に古びた本を広げ、じっと読んでいる。稀にスマートフォンで動画を見ていることもあった。

 フクは以前盗み見したから知っている。彼女は普段から、生物史の勉強をしているのだ。

 授業中は退屈そうな、ぼんやりとした顔の佐藤が、生物史を勉強している時には輝かんばかりの真ん丸な目をしていた。フクはそれに惹かれているのだ。


 この日も、昼休憩になると佐藤はスマートフォンを取り出して、ワイヤレスのイヤホンを耳に装着する。そして、動画を再生し始める。

 どうやら、イヤホンとスマートフォンの接続ができていなかったらしい。音声読み上げソフトの、ざらついた機械音が洩れている。それはフクの耳にまで届いた。

 辺りの生徒達は、音の出処を探してキョロキョロとしている。佐藤は一向に気付かない。

 

 フクは佐藤の机へと身を乗り出して、彼女の肩を叩く。流石に佐藤は気付いたようで、フクの顔を見上げた。


「音、洩れてる」


 佐藤は途端に顔を真っ赤にした。イヤホンを外して音を確認する。接続ができていないことを知ると、「ひゃっ」と小さく声を上げて、動画を停止してしまった。

 動画内容はおかしいものでもないだろうに、佐藤はおろおろとしてしまう。恥ずかしいところを見られたとでも思っているらしい。


 辺りの生徒達は興味が失せたらしく、みな思い思いに過ごし始める。


「みんな気にしてないっぽいよ」


 フクは言う。


「てか、何見てたの?」


 フクの質問に、佐藤は肩を跳ねさせた。緊張しているのか目が泳ぎ、口は開きっぱなしである。


「佐藤?」


「違うの。あの、単に、私元々恐竜が好きで……」


 突然振られた話の内容に、フクは面食らってしまう。

 佐藤が生物史に興味を抱いていたことは知っている。だが、先程スマートフォンで見ていたものが何かは知らない。そんなに慌てふためくような内容なのだろうか。

 そもそも、慌てふためくような内容の生物史って何だ? フクは首を傾げた。


「別に、恥ずかしがることないでしょ」


 フクは言う。

 その言葉は、佐藤にとっては想定外のもので、彼女は目をぱちくりさせた。


「へ、変じゃない? 女子が、恐竜とか、古生物とか、好きだなんて」


「別に、変じゃなくない?」


 佐藤が古生物を好きなことの、何がおかしいと言うのか。フクはわからず首を傾げた。

 鳥子とりこの首は柔軟だ。フクロウ族となれば尚更で、フクの首は真横に落ちてしまいそうなほどに傾けられた。

 その動きが、佐藤の目にはコミカルに映ったようだ。呆気に取られ、だが次第に口元が緩んでくる。


「ご、ごめんなさい」


 佐藤はくすりと笑った。とうとう笑いを堪えきれなかったのだ。

 フクはそれを不思議そうに見ていた。何が面白かったのだろうか。真面目に考えるが、フクには理由などわからない。


 佐藤はすっかり気を良くしたようである。


「あのね、最近すごいことを知ったんだけど」


 佐藤はオタク気質であった。身に付けた知識を語りたがるのはオタクのさがである。


「鳥って、生物学的には鳥型恐竜ちょうがたきょうりゅうとも言われるらしくて……つまりね、鳥って恐竜らしいの」


 フクは驚いた。元々大きな瞳を、より一層丸くする。


「何それ。すごい」


「すごいよね」


 佐藤の声に熱が入る。しかし、自ら解説をすることはなく、何やらメモを書いてフクに差し出した。


「このTooTubeチャンネル、面白いから見てみて」


 小さくURLが書かれた、花柄のメモ用紙。佐藤は気を利かせて、有益な動画を教えてくれたらしい。

 しかしフクは、佐藤の口から話を聞きたがった。花柄のメモを受け取ると、余白に書き込みする。そしてそれを、佐藤に差し出した。返したのだ。


「それ、俺のLONEのID」


「え?」


 佐藤は首を傾げる。差し出されたメモ用紙を受け取らないまま、フクの顔をじっと見ている。

 フクは少しだけ苛立った。佐藤と話してみたい。思い描いていた希望が、もう少しで叶いそうだというのに、当の佐藤はどうやら鈍感らしい。


「それ、佐藤の友達リストに追加しといて。で、連絡ちょうだい」


「へ? えええっ!」


 佐藤はオーバーなリアクションをした。勢いよく立ち上がったのだ。机や椅子が体にぶつかり、ガタガタと音を立てる。

 その音にクラスメイト達は驚き、再び教室を見回す。音の出処が佐藤だとわかると、皆の視線が佐藤に集まった。

 あまりに注目を集めすぎてしまい、佐藤は顔を真っ赤にして椅子に座り直した。


「今日ね。いつでもいいし、話したくなければべつにいい」


 フクは言うが、胸中では正反対のことを考えている。

 今すぐに連絡が欲しいし、話したくてたまらないのだ。


 佐藤は暫し考え、小さく口を開いた。


「今夜、連絡します」


 フクは心の中でガッツポーズをした。

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