第34話 分前と朝帰り


 アレンが、ゆとり面接のプロフェッショナルに、丸裸にされた帰り道。




 あれほど溌剌としていた先輩は、よろよろと歩きながら呟いた。



「疲れた…

 今すぐ帰って寝たいけど…

 今日の事を実家に報告しないと…」



「…すみません、先輩。

 口を閉じようと思ってはいたのですが、サトワさんのあの目元の味わい深い皺を見ていると、何故か先輩の素晴らしさを伝えたくなりまして…

 もしかして、精神操作系の魔法でしょうか…?」



 俺は、今更ながら、気持ちよく先輩の素晴らしさを喋りまくって、『手応え抜群!』と感じるこの帰り道に、不採用の山を築いていた頃の自分に既視感を感じ、不安になって聞いた。



「…そんな魔法は聞いたこともないよ…

 わざとふざけているんじゃないよね?」


 先輩は、恨めしそうに俺を睨みながら、深々とため息をついた。


 やはり精神操作系の魔法は無いらしい…



「まぁもう過ぎてしまった事は仕方がない。

 それなりの騒動にはなるだろうけど、なる様になるしかならないからね…」


 憂鬱そうな先輩に、俺は勤めて明るく言った。


「でもサトワさんも、会長以外には話さないって言っていましたし、そもそもそれほど噂になる様な話でしょうか?」



 今日俺がした話をかいつまんで言うと、先輩とたまたま知り合って、採取に同行して、感銘を受けたから探索者登録に来ました、というだけの話だ。



「…だといいけどね。

 昨日も言ったけど、アレンはもう少し、自分の影響力を認識した方がいいと思うよ。

 それは裏を返せば、少なくとも会長には話す、と言う事さ。

 1人に漏れたら、話が回るのにそう時間はかからないと思うよ。


 …さて、僕は実家に立ち寄るから、ここで失礼するよ」


 先輩はそう言って、乗合魔道車の停留所に立ち止まった。



 変な空気になってしまったが、俺はこれだけは言わなくてはと思い、先輩に最敬礼45°のお辞儀をしながら、感謝の気持ちを伝えた。


「リアド先輩!

 昨日からの1日は、先輩のおかげで、凄く楽しい時間を過ごせました!

 本当にありがとうございました!」



 先輩は、また深々とため息をついた後、何かを吹っ切った様に、カラッと笑って応えてくれた。


「あっはっは。

 本当にその『お辞儀』は反則だね。

 何だか色んなことを、まぁ仕方ないかと許したくなるよ。

 …僕も、久々に採取を心から楽しませて貰ったよ。

 アレンのおかげさ。

 明日からの早朝鍛錬はよろしく頼むよ?」


「もちろんです!」




 ◆



 売却した素材は、5000リアルにもなった。

 日本円で50万円以上の金額だ。


 内訳は、ツノウサギの毛皮が2500リアル。

 先輩が見つけた光るキノコ、ポポル茸が1500リアル。

 その他の素材を全て合わせて1000リアルだ。


 これを、先輩と折半して、1人2500リアルの稼ぎだ。


 全て先輩が同行してくれたお陰なので恐縮だが、今朝強く折半にすべきと釘さされたので俺は甘んじて受けた。



 ちなみに、中程で2つに折れたツノは、素材としてはやはり使えない様だったが、どこかの嗜好家に買い手がつくかもしれないと言う事で、一時的に預かってもらえる事になった。


 あと、ツノウサギの後ろ足の肉も持ち帰っていたが、これはソーラへのお土産にする為に、売らずに取っておく事にした。


 急に泊まりで採取にいったので、無断で朝食をすっぽかしている。

 これで少しでも機嫌を取らねば…



 そして俺は無事、G級探索者となった。



 当初は、王立学園生の慣例を破り、初っ端からC級探索者として登録する、などと言われ、慣例通りD級でいい、何ならG級ならなお良い、と主張したのだが、これは適切なランクを付けるための面談で、それが私の仕事と、応じてもらえなかった。



 ただでさえ悪目立ちして、変な噂が立っているところに、また慣例破りなんてしたら、どんな噂が飛ぶか分からない。



 俺がなおも粘ってたら、サトワは何を勘違いしたのか、『ではB級で登録できる様に会長に掛け合う』なんて事を言い出したので、俺は、登録を取り止めると宣言して席を立とうとした。


 慌てて『分かりました、ではD級で!』とサトワは言ったが、こう言った交渉では負い目を持って先に譲歩した方の負けである。


 俺は、『G級探索者以外は受け付けない』と宣言して、何を言われても頑として聞かず、無事G級の登録証ライセンスを獲得した。



 協会の評価がGという事で、妙に炎上しているらしい噂に、少しは水をかけられるだろう。



 ちなみに、登録証の素材は、装飾の紋様に違いはあるものの、ランクによらず全て紙だ。


 その昔は、1番上のAランクがミスリルで、以下プラチナ、金、と素材の価値がどんどん下がって最後のGランクは木の板、なんて露骨な差をつけていたらしいが、経費削減とトラブル防止のために廃止になったらしい。



 ロマンと経費どちらが大事なんですか?とサトワに質問してみたのだが、『両方大事です』とバッサリ切り捨てられた。



 G級で登録させた事を恨んでいるらしい。



 まぁこんなお偉いさんに、G級探索者が会う事は今後ないだろうから、どうでも良いけど。


 ちなみに、前衛職認定などは特になかった。



 ◆



 寮へと帰ると、なぜかフェイとジュエとケイトとステラの仲良し四人組が、一般寮の入り口に立っていた。


 俺は、『やぁ、こんにちは』と山道ですれ違う登山客のように、清々しい挨拶をして、真っ直ぐに寮の中に入ろうとしたところで、ニコニコと笑うフェイに手首を掴まれた。



「おはようアレン?

 寮母さんに聞いたけど、昨日は帰ってなかったみたいだね?

 自分で立ち上げた部活動を断りもなくサボって、朝帰りとは一体どう言うことかな?

 そんな逃げる様に、寮に入ろうとするなんて、何かやましい事があったと白状している様なものだよ?」



 顔は笑っているが、ゴゴゴゴという効果音が後ろに見えそうだ。


 何を彼女ヅラしているんだこいつは?



「お前には関係ないだろう!

 この手を離せ…力、強いな?!」


 どんな身体強化の出力してるんだこいつ?

 全然振り解けないぞ?



「…大方、泊まりで狩猟にでも行ってたんだろう。

 その木刀にぶら下げているのは…ツノウサギの後脚か?」



 桃色ツインテールのステラがつまらなそうに言った。



「分かるのか?」


 この『肉』になった後脚を見て、すぐさまツノウサギだと見分けるとは、狩猟の経験があるという事だろうか。


 俺は少しだけステラに興味を持った。



「僕は信じてたよ、アレン。

 アレンが女遊びなんてするわけないって。

 でもケイトが、王立学園実技試験首席のブランドを引っ提げて花街に行ったら、たちまちヒーロー扱いされて、年上の女にいいようにやり込められて、骨抜き間違いなし。

 花街の寵児とよばれるのは時間の問題、なんて言うから、少しだけ心配になってね?」


 フェイは俺の手を掴んだ手の力を緩めた。



「そうですね。ケイトさんが、

『この年頃の男子の頭にあるのはそう言うことだけよ。

 一度年上の技術に溺れたら、まず快楽の沼から抜けられないわ。

 無尽蔵のスタミナに物を言わせて、気がついたら朝日の差す窓辺に小鳥が鳴くのは、むしろ当然といえるわね』

 なんて、断定的に言うものですから、私もアレンさんのD童貞がどうなったのか心配で…

 こうして、詳しくお話を聞こうとお待ちしておりました」


 ジュエはくつくつと笑いながら補足した。



 あなたそんなキャラだったっけ?


 俺のDの事はネタにするの止めてくれない?

 古傷36歳童貞が痛むから。



 俺は紫色の髪をした、委員長風の眼鏡女子、ケイトをジロリと睨んだ。



「こほん。

 ステラは勇猛で知られるアキレウス家の人間ですからね。

 狩猟の経験も多いのでしょう。

 アレンなら知っているのでは?」


 ケイトは目を逸らして、話も逸らした。


 アキレウス家…


 王国北西部のダーレー山脈に、今より魔物が跋扈していた昔は、ダーレー山脈の守り人、と呼ばれていた狩猟民族だった一族だ。

 この王国に掃いて捨てるほどいる子爵家だが、アキレウス家の勇猛さは有名と言えるだろう。



「ダーレーの守り人か。

 なるほど納得だ」


「…そんな昔の呼び名を知っているのはお前ぐらいだぞ?

 いったいどうしてそんなに詳しいんだ?」



「?

 興味があるからに決まっているだろう?」


 俺がステラの目を見て答えたら、ステラは途端に顔を真っ赤にして狼狽えた。


「ななな、それはどう言う意味だ!」



「「きゃー!積極的ぃ!!」」


 ジュエとケイトが体をくねらせて楽しそうに悲鳴を上げた。


「アレン?

 僕の前で堂々と他の女を口説くなんて、流石に感心しないよ?」



 フェイは緩めていた手を、骨がへし折れるかと思うほど再び強く握りしめた。



 何でそうなるんだ…



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