Episode009 試練③
ラフマニノフが倒されたことで、他の獣は逃げるように去っていった。
緊張の糸が途切れて、セシリアはへなへなと座り込んでしまう。
許されるなら、試練なんて放り出して逃げてしまいたい。
保護者であり兄であるベルティスに抱き着き、優しい声で「頑張ったね」とナデナデされれば、天にも舞い上がるような気持ちになるだろう。
セシリアは体を起こして、今しがた自分が守ったブレイクを見た。
「あ、ありがとうじょうーちゃん」
ようやく事態を吞み込んだらしいブレイクが、のそのそと体を起き上がらせる。
見たところ、骨は折れてない。
向こうにいたキングもそれは一緒だ。
「すげー。おまえ、こんな強かったのか?」
目をまん丸くするブレイク。
セシリアは一瞬「そうでしょー?」とデレデレしそうになったが、すぐ思いなおす。助けたとはいえ、相手はロッキーの下っ端二人組。さきほど自分と愛しの師匠をバカにしていたことは、セシリアの小さな頭がちゃんと記憶している。
「な、なんだよ……」
「リアに言わなきゃいけないことがあるでしょ?」
「おいおいおい勘弁してくれよ。半年も昔のことをまだ根に持ってるのか?」
「あれはもう過ぎたことじゃねぇか。俺なんか、あの超美人な姉ちゃんに鼻の骨折られたんだぜ?」
「俺なんか脱臼だぜ? しかもあれはロッキーさんの命令だったしさ」
怪我を負ったことで、あのときの罪を帳消しにしてほしいようだ。
しかしセシリアが怒っているのは、そんな昔のことではなくさきほど自分たちをバカにしたことにある。
謝ってもらわねば気が済まない。
「謝って、リアに」
「な、なんで俺がてめぇなんてガキに」
「弱くても強くなれるって証明したんだよ。確かにあのときのステータスはボロボロだったけど、それを乗り越えたの」
「うぅ……まぁ確かに、さっきのアレはすごかったけど」
「それにあなたたちはベルお兄ちゃんを侮辱した。だから謝って」
「謝らなかったらどうなるんだ?」
「斬る。あるいはお兄ちゃんを呼んでくる」
「「も、ももも申し訳ありませんでしたぁぁああ!!」」
──効果抜群。
ちょっとやりすぎてしまったかもしれない。大の大人二人を地べたに土下座させて涙目にさせるというのは、いかがなものだろう。
いいや、これくらいビシッとしておいたほうが後々楽かもしれない。
「もうリア達の目の前に現れないと約束できたら許してあげる」
「「は、ハイ! リアの姉御!!」」
「姉御じゃないけど……。分ればいいの、リア大満足だから。だから早いところ逃げたほうがいいよ。あの……狸みたいな嫌な人も、たぶん二人が死んだって思っただろうから」
ロッキーはこちらに目もくれず逃げてしまったので、そのあとどうなったか分からないはずだ。
良い具合に、三人全員がここで死んだと思い込んでくれるかもしれない。
ブレイクとキングは抱き合って喜んでいた。
「ありがてぇ話だな相棒!」
「そうだな!! これでやっと、あの狸に顎で使われずに済むぞ!!」
「俺は普通の冒険者に戻るんだ!! やった、これから頑張るぞぉお!!」
盛り上がり過ぎだ……。
「じゃあね、リアはまだ用事があるから。こんなところにいたら、いつまた大きな佪獣が現れるか分かんないし、早く行った方がいいよ」
「「わっかりましたぁああ!!」」
終始和やかな雰囲気で、男二人は全速力で走り去っていく。
しばらくしてから、セシリアはもう一度深いため息をついた。
「怖かった…………」
その言葉だけ絞り出してから、自身を奮い立たせる。
早いところ、希少品種のラフレシアを見つけて帰ろう。
このことを話せば、ベルティスもきっと喜んでくれる。
褒めてくれるかもしれない。
「えへへ…………リアすごいなんて、そんな褒めなくてもいいのに~」
妄想の中はお花畑。
13歳の女の子とは単純なもので、ベルティスとの甘いひと時を考えただけで自然に活力が湧きだす。糖分補給とはまさにこのことだ。
しばしして。
「…………う~ん。さっきも我慢してたけど、やっぱり臭いなぁ」
ついにラフレシアの花畑に到着。
大きな花弁から虫を集める匂いを発しているのだが、これがまた鋭敏な嗅覚を刺激してくる。鼻をつまんでも臭いものは臭い。このなかから、色が薄くて匂いがないラフレシアを探すなどと、かなりの重労働だ。
「ベルお兄ちゃん、どこからリアを見守ってくれてるのかなぁ」
ベルティスは姿を変えて見守ってくれていると言っていたが、本当に彼は見ていてくれているのだろうか。
セシリアのなかでは最大限のピンチであったさっきも、彼は姿を見せてくれなかった。
もしかしてウソ?
「ううん、ベルお兄ちゃんがウソなんてつくはずない」
……たぶんだが。
「それよりさっさと探そ……あれ?」
歩き始めて数十分後。
そこらじゅうに咲き誇るラフレシアのなかで、明らかに色が薄いラフレシアを発見した。
なんというまぐれだろうか。
きっとさきほど頑張ったから、神様がご褒美をくれたのかもしれない。
なによりこれで早く帰れる。
「とても小さい………ちょっと可愛いかも」
花びらが小さく、なにより色味がピンク色だ。
女の子よろしくセシリアのテンションが少しだけ上昇する。
「ふふ……お兄ちゃんのところへ戻ろう」
「それはムリだえ」
今まで何度となく恐怖というものは味わったことがあるが、ここまで強いものは初めてだった。
なにしろこの声を初めて聞いたときは、まだろくに言葉を話せない時だったから。なにを言っているのかさっぱり分からず、表情と動きだけで相手の気持ちを分かろうとしていた。
でも今は、その声と言葉の気味悪さがよく分かる。
「あ、…………あぐっ!?」
ロッキーに首を絞められた。
気配がなかった?
違う、ラフレシアの匂いで嗅覚が鈍っていた。
もう大丈夫だと安心し、周りをおろそかにした自分のミスだ。
「やっと、やっとボクのもとに戻ってきたんだえ! ボクは分かってたんだえ、実はあのとき高額で買われたあのエルフよりも、貴様のほうがステータスが高く優秀なんだと!!」
体重がかかり、セシリアが仰向けに倒れ込む。
その脂ぎったロッキーの顔が、にんまりと笑ったのはちょうどそのときだ。
これほど人を気持ち悪いと思ったのは初めてだった。
「なんであんな若造に横取りされる!? このボクが、このロッキー様がなぜあんな薄汚い貧乏人に奴隷を横取りされなければならないんだえ!?」
「………あぐ!」
「絶対に許さないんだえ。貴様も、あの男も!! ボクを無視して貴様を買ったあの男に、目にもの見せてやるんだえ」
「たす…………けて」
「高額で購入した奴隷を殺されたら、さすがのあの男もボクを無視できな…………──」
不意にロッキーの声が途切れた。
額から大量の脂汗を出しているロッキーは、ぎこちない動作で後ろを振り返った。
「誰の奴隷を殺すって?」
底冷えの男の声に、ロッキーはすぐセシリアを放した。
さきほどまでの威勢は地におち、恐怖と虚勢が混在した目で白髪の青年を睨む。
「き、貴様…………! え、ええいちょうどいいところに来たんだえ、今からちょっとでも動けば、このエルフの命は保障しない!!」
だからと続けようとしたロッキーの体は、次の瞬間、ボールのように横に吹っ飛んで跳ねた。
ベルティスはその場から一切動いていない。
なのにロッキーは、はるか向こうに吹き飛んだのだ。
「なん、うぇ!?」
「気安く僕の愛弟子に触るな。純真無垢なセシリアが穢れるだろうが」
再び、ボールのように跳ねまわるロッキー。
そこまで見て、やっとセシリアもこのからくりを理解できた。
あれは彼の冰力だ。
恐ろしいまでの超火力を豆粒程度の大きさにして、ロッキーの体を吹き飛ばしている。
「すごい」
強さの域が違う。
まさに別格。
おそらくアレが本気ではないのだろう。ベルティス自身、本気を出す機会がないと言っていたのだ。
呆けるセシリアの視線に気づいているのだろうか、ベルティスはあくまでロッキーに話しかけている。
「せっかくあんたの目の前でお金を払ってやったのにさ。なに、あんた僕を怒らせたいの?」
「ど、どうやってるのかは分からないが、ボクにこんなことやっていいと思ってるのだえ!? ボクのおとーさまは、き、貴族にも顔が利くえらーい人なんだえ!?」
「大丈夫だよ、証拠なんて残さないから」
「な────」
「記憶をいじくれば済む話だろ? ついでにそうだな、あんたのそのクソみたいな性格も変えてやるよ」
一瞬でロッキーの横に瞬間移動したベルティスが、ロッキーの頭に手をかざした瞬間。
大きな太鼓腹を波打たせて、ロッキーはその場に倒れ込んだ。
「お兄ちゃん!!」
セシリアはさっそく、愛しのベルティスのもとへ駆け込む。
「ごめんねセシリア、怖い思いをさせたね」
「ううん、お兄ちゃんが助けてくれたからいいよ。それよりリア、試練を突破したよ」
見て見てと言わんばかりに、セシリアはラフレシアを指さす。
さきほどの怖い雰囲気はすっかり消え去り、いつも通りの優しい顔で、ベルティスは微笑んでくれた。
「よし、今日はこのまま手を繋いで帰ろうか」
「うん!」
そのあとベルティスは、冰力でロッキーを密かに運び出し、首から看板をさげさせて路上に捨てた。
その看板には、こう書かれている。
『ボクはこれからまっとうに生きます。今まで悪いことしてごめんなさい、お詫びの印にボクの身ぐるみを剥いでも構いません。どうぞみなさんの生活の足しにしてください』
このあとロッキーがどうなったのか、もちろんセシリアには知らされていない。
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