第94話 呼び出しを受けて




「では、俺はそろそろ行きます」


 雑談もそこそこにして、本来の目的を果たすために俺はエリーゼ嬢に一礼をした。


「はい、アルディア様。今後ともよろしくお願い致しますわ」


「はい、こちらこそ」


「私も終わらせなければならない業務がありますので、この辺で失礼しますわ。私たちにとって良い結果になることを祈っております」


 エリーゼ嬢はスカートの裾を摘まみ上げ、軽く会釈をし、その場を去っていった。

 特設新鋭軍士官候補生育成部門の代表のエリーゼ嬢。

 今後も関わる機会が多そうだ。

 彼女のことは覚えておこう。


 さてと、


「フレーゲル」


 存分に再会の時間は確保した。

 ここからは、ライン公爵家のマリアナ嬢との交渉に入る。

 彼の名を呼び、ゆっくりと歩みを進める。

 フレーゲルとマリアナ嬢は同時にこちらへと視線を向けた。


「ああ、アルディア。今日はありがとう。おかげでマリアナと再会することができた」


 フレーゲルは感謝の言葉を伝えてくる。

 念願の再会。

 これまではライン公爵家が中立派を貫いていたため、機会を得られなかった。しかし、

 ヴァルトルーネ様が皇帝となられたことが、彼をマリアナ嬢と結びつける一つのきっかけとなった。今日この場は、あくまでもマリアナ嬢を呼び出すのが目的であったが、二人が嬉しそうなのは、素直に嬉しいと思う。


「貴方がアルディア様ですね。フレーゲル様のご友人と伺っております。私はマリアナ=フォン=ライン。知っているかと思いますが、ライン公爵家の者です」


「存じております。フレーゲルがよく自慢していましたから」


 軽口を叩けば、フレーゲルは顔を真っ赤に染めて慌てたように手を上下に振った。


「お、おい。アルディア……! お前何を言って」


「フレーゲルはマリアナ嬢のことを心から愛しているようで、口を開けば惚気話を披露してきて……」


「そ、そんなに頻繁にはしてないだろ!」


 ああ、面白かった。

 フレーゲルを弄ぶのはこれくらいにしておくか。


「まあ、冗談ですが……」


「アルディア……後で覚えてろよ」


「少しくらい甘く見てくれ」


 俺とフレーゲルのくだらないやり取りを見て、マリアナ嬢は楽しそうに微笑んだ。


「とっても仲良しさんなのですね!」


 その時の仕草がなんとも可愛らしかった。

 なるほど、フレーゲルが一途に愛するわけだ。

 悪意の欠片もない純粋な笑顔は、誰の目から見ても魅力的に映る。

 優しさの塊とは彼女のことを言うのだろう。


「さて、茶番はこれくらいにして本題に移ってもよろしいでしょうか?」


 和んだ空気を引き締めるかのように俺は鋭い声音で告げた。

 マリアナ嬢もそれを聞き、瞬時に真面目な顔付きになる。


「はい、今回はゲルレシフ公爵家の方との会談があるんですよね」


「その通りです。帝国を大きく支える二つの公爵家、その両家の関係性をルーネ様はかなり心配なさっています」


 対立を続けるのは、ライン公爵家にとっても、ゲルレシフ公爵家にとっても益のないこと。

 彼女自身もそれを理解している。

 だからこうして、この場に赴いてくれたのだ。


「父は……まだきっと心の準備が出来ていません」


「そのようですね」


「ですが、私は違います! この国のためを思えばこそ、我が家とゲルレシフ公爵家は手を取り合って、戦線を共に歩むべきだと、そう思います」


 マリアナ嬢が前向きで非常に助かる。

 エーベルハルトと彼女であれば、きっと有意義な結果を生み出してくれることだろう。


「安心しました。エーベルハルト卿も、きっとマリアナ嬢と同じように考えているかと思います」


 そう告げるとマリアナ嬢の顔は綻んだ。


「彼は既に帝城の一室で待っています。行きましょうか」




▼▼▼




 大切な話し合い。

 ヴァルカン帝国の今後にも深く関わるこの一件は絶対に失敗が許されない。

 当初の打ち合わせでは、マリアナ嬢とエーベルハルトが一対一での話し合いを行うという流れで考えていたのだが、


 踏み込んだ部屋に違和感をすぐに感じた。

 

「遅かったな……」


 何故……リーノスがここにいるんだ?

 ゲルレシフ公爵家の次男。

 リーノス=フォン=ゲルレシフの登場、それは俺にとっては完全イレギュラーな存在に違いなかった。


 公平性の観点から、家の代表同士で膝を突き合わせて話し合う。

 余計な介入は好まれない。

 そういうことだったのに……。

 エーベルハルトの横に堂々と座っている彼の姿は、まるで予定調和のように思えるほどに自然体であった。


「あの、リーノス卿……」


「すまない。アルディア卿……弟がどうしてもと聞かなくてね」


 困り顔で頭を下げてくるのはエーベルハルトの方だった。

 しかし、謝って済む問題でもない。

 取り決めたことと違うとなっては、ライン公爵家の信頼回復が絶望的になってしまう恐れがある。


「私は構いませんよ」


「すみません、マリアナ嬢……」


 寛大な彼女はその光景を目にしても特に動じることなく、穏やかな笑みを浮かべていた。

 おかしな軋轢が生まれるところであった。

 はぁ、遅かったな……じゃないだろ。


「あの、リーノス卿。貴方が何故ここに?」


 お呼びではないことは彼も重々承知のはず。

 馬鹿でも無能でもないのだから、この話し合いの重要性を認識しているはずだ。

 それなのに、どうしてここに来たのだろうと疑問に思ってしまう。


「ふん、俺自身がこの場に相応しくないなど重々分かっている。用事があるのは……貴様だ」


 リーノスはそう言い、俺に指を差す。

 彼の瞳は真剣なもの。

 いちゃもんを付けようなどというくだらない理由ではないことは察せられた。


「話し合いは基本的にそこにいるライン公爵の娘と俺の兄上がする。なら、貴様と俺はこの場に居なくても支障はないな?」


「確かにそうですが……」


 中立の立場として可能なら立ち会っておきたい。

 そう思うが……。

 迷っていると、フレーゲルがゆっくりと横に並んだ。


「なら、俺がお前の代わりにこの場を取り持つ」


「いいのか?」


「ああ、俺はマリアナのことを愛しているが、彼女にだけ肩入れをしたりはしない。約束しよう」


 フレーゲルは信頼できる友人。

 彼がそう言うのであれば、任せても問題ない。


「なら、頼む」


 俺はその場をフレーゲルに任せると決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る