第89話 幕開けと決別




『猛襲の黒騎士』


 レシュフェルト王国軍を完膚なきまでに叩きのめした後、俺はそう呼ばれるようになった。

 変な呼称で呼ばれるの嫌だが、コロコロと呼び名が変わるのもなんだがむず痒い気分になる。


 あの後、レシュフェルト王国軍は帝国軍と特設新鋭軍の容赦ない挟撃によって完全崩壊した。

 スヴェル教団の支援も届くことなく、多くの損害を出しながら、母国へと帰っていったのだ。

 ディルスト地方には平穏が戻り。

 あの戦いは無事こちらの大勝に終わった。


 ──そして、その有り様をヴァルトルーネ皇女が招いた客人にも、見せられたと思う。


「計画は成功だったな……」


 この大勝は咄嗟の危機に対応したということで、ヴァルトルーネ皇女の功績となった。

 そして、彼女が皇帝となるための最後のピース。

 欠片が寄り集まり、彼女の土台を築く。


「アル」


「はい、ルーネ様」


「こっちに来て」


 手招きされ、俺はヴァルトルーネ皇女のところへと歩みを進める。

 今日はヴァルトルーネ皇女の記念すべき日。

 彼女が皇帝となる、その日だ。


「隣にいて」


「はい、ずっと横におります」


 握られた手から彼女の体温が伝わってくる。

 緊張からか、少しだけ震えているのも感じた。


「ルーネ様であれば、大丈夫です。俺が保証します」


「ありがとう。そうよね、前を向いて……堂々とするべきよね」


「はい。前を向いて進み続けるルーネ様の方が、俺は好きですから」


「──っ! そ、そうなの……あ、ありがと」


 下を向いているのは似合わない。

 彼女にはずっと前を向いていて欲しい。

 それが俺の願いであり、俺の持つヴァルトルーネ皇女に対する理想像でもあった。


「戴冠式までもう時間がありませんね。行きましょう」


「ええ、その手……」


 無意識にではあったが、俺はそれなりに力強くヴァルトルーネ皇女の手を握ってしまっていた。

 配慮が足りなかったと反省しつつ、スッと手を離すと、今度は彼女の方から慌てたように俺の手を掴まれる。


「……離さないで。せめて、会場に着くまでは……お願い」


「分かりました」


 そのまま俺とヴァルトルーネ皇女は、一大イベントへと赴くのであった。




▼▼▼




 皇帝グロードは前々から病気がちであった。

 前世では、彼がその座をヴァルトルーネ皇女に引き継ぐことはなかった。

 けれども、今回は違う。

 彼女がそれを望んだ。

 そして、彼女自身が皇帝に足る器であると証明してみせた。


 ──歴史が大きく変わる。


「今日この日を以て、我は皇帝の座を降りる」


 皇帝グロードは己の王冠をそっと外した。

 そして、それをヴァルトルーネ皇女に差し出す。


「我が娘に……ヴァルトルーネにこの国の未来を託す。やってくれるな?」


 戴冠式には多くの貴族が出席していた。

 この一連の流れは全て、ヴァルカン帝国中に伝わるもの。

 ヴァルトルーネ皇女がこの国の頂点に君臨する。

 それが意味することは、数多あった。


 女性でありながら皇帝という立場になる。

 歴史上でも、類を見ない異例の戴冠式。

 しかし、それを彼女は成し得た。


「謹んで、お受け致します。……父上」


「お前なら、きっと我の後継として立派にやれる。我が愛したこの国を──頼んだぞ」


「はい、必ず……この帝国を今以上に繁栄させてみせると、お約束致します」


 彼女は比類なき才能を証明した。

 特設新鋭軍の立ち上げから始まり、帝国各地にいた有能な人材を数多くスカウトし、国の軍事力強化、防備に役立てた。

 そして、今回もレシュフェルト王国軍の侵攻を見事に退けた。

 

「今、この時を以て、私がこの国の皇帝となった。そして、此度の皇位継承は、レシュフェルト王国軍の侵略行為がきっかけです。私は、強く……誇り高き帝国を後継が現れるまで、愛すべきこの帝国を守り続けると誓います!」


 彼女の宣言にその場を大きく湧いた。

 声音はとても清らかで、頼り甲斐のある皇帝ヴァルトルーネ=フォン=フェルシュドルフその人のものであった。


「皇位継承に先駆け、私は決めました。──私たちの大切な領地を踏み荒らした王国との関係性の見直しを!」


 そして、重い決断も同時に行う。

 甘い顔なんてしない。

 彼女は優しいだけの皇女ではなくなったのだ。

 祖国のために、非道な行いにも躊躇はない。そして、その手を汚す仕事は全て俺が引き受ければいい。


「ヴァルカン帝国皇帝ヴァルトルーネ=フォン=フェルシュドルフの名のもとに──レシュフェルト王国、並びにスヴェル教団との開戦を宣言します!」


 だから、彼女の進む道の第一歩を、俺は心から祝福する。

 それが例え、多くの死と悲しみの上に積み上げられた覇道であったとしても。


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