第88話 終決




 次で決めなければ、多分勝負が付かなくなる。

 それは互いにとって不利益以外の何物でもない。


「ハァ……オワラセル!」


「こっちの台詞だ」


 剣を振り上げ一直線に突っ込む。

 向こうも鋭い牙を光らせながら、大口を開けてぐんぐんとこちらに迫る。

 渾身の一撃を決めるためにこの一閃に全ての力を込める。

 白蛇から受ける威圧感を肌身に感じつつ、それでも怯えて剣筋が揺らぐことはない。


「グガ……ッ!」


 俺の剣と白蛇の牙がぶつかり合う。

 パキリと硬い物が割れる音がした。


「勝負ありだ」


 蛇の牙は粉々に砕け散っていた。


「これ以上戦うなら……本気で殺す」


「…………」


「死にたくはないだろ。それなら、大人しく引き返せ」


「ゼッタイ、アキラメナイ……」


 蛇の瞳にはまだ燃えるものがあった。

 けれども、これ以上躍起になって襲い掛かってくる気配は完全に消え去っていた。


「ナンドデモ、ナンドデモ、ワタシハ……」


 それが白蛇の言い放った捨て台詞であった。

 砂煙に紛れ、その姿は完全に消えていた。


「もう、戦いたくないけどな」


 スヴェル教団の切り札は撤退した。

 これで教団側の軍は本格的に退く判断をすることだろう。

 しかし、こちらにも甚大な被害があった。


「全滅……なんだろうな」


 俺の指示が500もの兵を殺してしまった。

 完全に失態だ。

 もっともっと深く考えて、采配を行うべきであった。


「はぁ……」


 こんな調子じゃ……守るべきものも守れない。

 もっともっと、手を伸ばさなければならない。

 ヴァルトルーネ皇女の願いを叶えたい。

 そして、明るい未来を掴みたい。


「まだ甘い……俺は、この先もっと多くの敵を殺さなければ」


 多少の油断が大きな損害を生み出す。

 その事実を再認識した出来事であった。




▼▼▼




 暫く待っているとリーノスが多くの騎竜兵を連れて戻ってきていた。既にあの白蛇は撤退した後。

 荒らされた痕跡だけがその場に残っていた。


「退けたのか。貴様だけで?」


「まあ、そうなりますね」


「はぁ、以前から薄々察していたが、ある種の怪物だな……」


 未だに戦闘が続いていると思っていたのだろう。

 リーノスは拍子抜けしたかのように胸を撫で下ろしていた。

 臨戦体勢の騎竜兵たちもいくらか殺気が収まってきた。


「こちらはもう大丈夫なのか?」


「恐らく……あの大きな白蛇はスヴェル教団が用意した、とっておきの戦力。それが撃退されたとなれば、無理に攻め込もうと考えることはないでしょう」


「レシュフェルト王国軍も崩壊気味だ。鎮圧も時間の問題ということか」


 リーノスはそのまま騎竜に跨る。


「俺はもう少し先まで行く。スヴェル教団が完全に消えたかを確認しなければ、安心できないからな」


「分かりました。お気をつけて」


「ふん、言われるまでもない」


 リーノスが連れてきた騎竜兵のうち半数が彼と共に奥へと進む。

 その他の騎竜兵は恐らく、リーノスが俺のために残してくれた者たちだろう。


「アルディア卿、我々の指揮権は貴方様にあります。ご指示を」


 この騎竜兵を俺が自由にしていいということか。

 騎竜兵というのは本当に貴重な戦力。

 それを遊ばせておくなんてもったいない。


「レシュフェルト王国軍と戦闘を行なっている帝国軍、並びに特設新鋭軍の援護に回る。至急、大平原へ」


「はっ!」


「勝利は目前。だが、この戦い……歴史に残るくらいの大勝にしてみせる。情けは不要、敵は全て捻じ伏せろ!」


 騎竜兵と共に俺は大平原へと急いで向かう。

 レシュフェルト王国軍との戦いにただ勝利するだけでは味気ない。

 派手な勝ち方をして、この一戦をより印象深いものにして見せよう。




 ──そう啖呵を切り、俺たちは大平原へと降りた。


 荒々しい戦場の空気を吹き飛ばすが如く、颯爽と戦地に舞い降りた騎竜兵たちは、恐ろしくもあり……また神々しくもあったという。

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