第59話 悪名

「イルナ様、レベルが上がりました」


 ライファさんのレベルが上がったようです。

 今日の私は、エマさんとライファさんとレベル1のダンジョン六十一階層で、経験値を稼いでいる。


「あと、天神の勇者は、国宝の武具を何度も盗んでいました。何度も盗むから、国宝が無くなったら、天神の勇者の部屋を最初に探す事になったくらいです」


 雑談の話題が、なぜか天神の勇者の悪口になりました。

 天神の勇者アスラは私の父ちゃんです。その事を二人は知りません。

 父ちゃんの悪口になったらエマさんもライファさんも止りません。

 でも、私には、信じられません。

 だいたい、国宝を盗んで、自分の部屋にのんきに置いておく人などいるのでしょうか。


「天神の勇者は、お城の美術品もよく壊していました」


 すでに父ちゃんは、天神の勇者と、様がつけられていません。

 敬称すら省かれています。


「第三王女の事はもう最悪です。あっ……」


 ライファさんが途中まで話してやめました。


「ごめんなさい。イルナ様にはまだ早い話でした」


 私だって、少しぐらいはわかりますよ。

 でも、父ちゃんがそんな事をするわけが無い。

 ずっと一緒に暮らしていたから、私にはわかる。

 普段人の悪口など言わない、聖騎士の二人がこんなに悪口を言うなんて、父ちゃんの嫌われ具合が想像出来る。


 そういえば、父ちゃんは自分の事を、「嫌われ者だから」って言う時すごく悲しそうな顔をしていたのを思い出した。


「じゃあ、そろそろギルドに戻りましょう」


 私は少し早いけど、ギルドに戻ることにした。

 父ちゃんの悪口を、これ以上聞きたくなかったから……


 ギルドの近くのひとけの無い場所に移動して、ギルドに入った。


「エルナちゃん、いらっしゃい」


 受付のお姉さんがにっこり笑って迎えてくれた。

 私は、ギルドではエルナという偽名を使っている。

 エマさんはエルマ、ライファさんはエルファと名乗っている。


「これを換金して下さい」


 大量の魔石を渡す。


「少々お待ち下さい」


 計算に時間がかかるので、ギルドの掲示板を見ることにしました。

 掲示板には、色々な仕事の依頼が張り出されている。

 高難度の依頼がたまっている。


「お姉さん、この依頼受ける人いないの?」


「そうですね。S級の人でも、命を落としかねない依頼なので」


 私は、その依頼の紙を全部剥がして、受付のお姉さんに出した。


「これ全部、私が受けます」


 私はF級冒険者なので、正式に受ける事は出来ないのですが、勝手に解決するのは自由なので、無料奉仕になりますが、受ける事にしました。


「うふふ、まるで天神の勇者様のようですね。懐かしいです」


 受け付けのお姉さんが、うっとり懐かしそうにして、父ちゃんの事を思いだしてくれているようです。


「えっ。どういうことですか?」


 エマさんが質問した。


「ふふふ、天神の勇者様は、誰も受ける事が出来ない高難度の依頼を、時々ふらっとやってきて、エルナちゃんみたいに全部持って行って解決してくれたのですよ」


「嘘でしょ」


 エマさんとライファさんが驚いている。


「本当ですよ。しかも天神の勇者様はギルドに登録していませんので、無料奉仕です。依頼金は依頼者に返金されます。依頼をしてきた、貧しい村や町の人は涙を流して喜んでいました」


「天神の勇者がそんなことをするわけが無い」


 エマさんと、ライファさんが怒っている。


「あの、エルマさんと、エルファさんは、天神の勇者様に何かをされたのですか」


 今度は、受付のお姉さんが少し気分を悪くしたようです。


「な、何も……」


「世間では、天神の勇者様を悪く言いますが、何か証拠があるのですか。天神の勇者様の言葉を聞いたことがあるのですか。天神の勇者様は、何も求めず、弱者に手を差し伸べる優しいお方でしたよ。ふざけないで下さい。何も知らないくせに!!」


 受付のお姉さんは、父ちゃんの味方だったよ。


 ――気が付いたら私の目から涙が出ていた。

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