第74話 ボスラッシュ
「こちらのパターンになりましたか」
去っていく武帝さんを見送りつつ、呟きました。
考え得るケースの中では、かなりヴェルスさん達に有利なものです。
「では、私も仕事を熟すとしましょう」
ここに私がいるのは他でもなく、ボイスナー領を守るためです。
ゼニックさんの部下──かつてミルケアさんに物資を届けていた彼です。今は武帝さんを騙すため協力してくださっています──の報告で武帝が引き返すことはほぼほぼ確定していましたが、他の六鬼将や貴族さん達がどうするかはその時になるまでわかりませんでした。
そのため、こうして私が対処することになっていたのです。
「こんにちは、騎士の皆さん。私はヤマヒトと申します。あちらのボイスナー領に住まわせていただいている者です」
進軍する彼らの前に歩いて行き、話しかけます。
あちら側も進行停止し、対話する姿勢を取りました。
「ミーは六鬼将が一人、『富豪商』のゼニックである。ヤマヒトとやら、何故呼び止めたんだイ? 下らない用事だったら殺すヨ」
「ご安心を、非常に重要な用件ですので。単刀直入に言いますと、進軍を止めていただきたいのです」
さらに言葉を続けます。
「皆さんの目的は分かっています、元領主のポイルス氏を殺した者を討ちに来たのですよね? しかし、ここにヴェルスさんはいません。ですのでどうかお引き取りください」
「そのような提案を呑めるはずが無いだろウ?」
馬鹿にした調子でゼニックさんは言います。
ともあれ、これが断られることは想定通りです。
「では、こうしましょう。もうしばらくこの領に留まり、《迷宮》に挑むのです。それからボイスナー領に来てください」
「何故そのようなことヲ──」
「略奪をされては困るからです」
それまでと変わらない柔らかな声音で、しかしながら多少語気を強めて言いました。
「あなた方の兵糧はもう幾ばくしか持ちませんね。これから行く先々の村や町で略奪しつつ進むおつもりなのでしょう? あるいは、これまでもそうしていたのかもしれませんが」
「当然だよネ。帝国民たる者、陛下やその勅命を受けたミー達に尽くすのは絶対の義務でありこの上ない栄誉じゃないカ。実際、これまでの村の下民共はみーんな大人しく食料を供出したヨ」
「武力で敵わないから従っているだけですよ。少なくとも、ここから先の村の人々は一人たりともそのようなことは望んでおりません。どうか《迷宮》にもぐるなり獣を狩るなりして、自分達の食料を用意してからお越しください」
こちらの要求は伝え終えました。
それを聞いてどうするかは彼ら次第です。
「う~ん、怪しいネェ。こんなに必死に追い返そうとするなんて、調べられたら困る物でもあるみたいじゃないカ。これは尚更調べる必要が出て来たヨ、そこを退きたまエ」
「では、約束してください。決して領民は害さないと。それさえ守っていただけるのでしたら、領内に入っていただいても構いません」
「そうかそうか。……うん、その申し出、当然断るヨ」
そしてゼニックさんは『会話はここまでだ』とばかりに冷たく言い捨てます。
「下民の分際でこれ以上ミー達の手を煩わせるなら死を覚悟するんだネ」
「それは困りますね。私も無益な争いはしたくありません。どうかご再考ください」
「へェ……」
少し脅せば居なくなると思っていたのでしょう。
なおも食い下がる私に、苛立ったように片目を
「ああ、そう。そこの君、あの男を殺しナ」
「へへっ、了解であります!」
ゼニックの傍に居た騎士の一人が、命令に従って馬を走らせ始めました。
馬上槍を構えて突撃して来た彼を、一歩右にズレつつ凪光を振り抜き斬り裂きます。
騎士さんの体が上下に別れ、鞍から転げ落ちました。
「ほう、武器を隠し持っていたカ。それとも召喚系の《ユニークスキル》かナ?」
「《ユニークスキル》ですよ」
「フン、どちらでも関係ナイ。これ以上人手を減らされても困るし、ここからはミー達が相手になるヨ」
「誰が相手でも向かって来るのなら斬ります。どうか平和的解決を」
そう忠告したところ、嘲笑が帰ってきます。
「これは片腹痛いネ。戦力の勘定が全く出来ないと見たヨ」
馬から降りた『富豪商』ゼニックさんはヌンチャクのような物を二束取り出し、ヒュンヒュンと振るってから構えます。
ヌンチャクのように見えたそれは、よく見れば小銭の束の中心に紐を通した物だと分かりました。
風を切る音に混じって、金属同士の当たる景気の好い音が聞こえてきます。
「ヒェッヒェッヒェ。血迷い茹だったその頭脳、儂の《氷魔術》にて冷やしてやろう。まあ、一緒に全身氷漬けになるやもしれぬがのぅ」
『
童話の魔女のような風貌をした彼女は見た目に違わず魔術師であり、得意なのは遠距離戦です。が、乗馬したまま〈魔術〉を放っては馬さんが驚き暴れてしまいます。
そのため、自分の足で立って戦うのです。
「早く終わらせてくれよー」
貴金属をふんだんに使用した派手な鎧を着る『
彼には戦意が無いらしく、馬に乗ったまま観戦する姿勢を見せています。
欠伸まで暇そうにです。
「〈グレイシャスプレッシャー〉」
戦端を開いたのはイゼルさんの氷の〈魔術〉でした。
私の頭上に半径十メートルほどの氷塊が現れ、圧し潰そうとしてきます。
それを拳の一撃で吹き飛ばした時には、ゼニックさんがあと数歩の距離まで近づいていました。
「《金は命より重い》!」
突如、私が片手で握っていた凪光の刀身が重みを増しました。
ゼニックさんの《ユニークスキル》です。
彼は《スキル》の発動と同時、速度を一段階引き上げて一息に間を詰めて来ます。
「十一倍ですか、桁が足りませんね」
彼の《スキル》は付近にある金属の重さを増加させるというもの。最大効果倍率は十一倍。
つまり私には何の問題も生じません。
振るわれた銭ヌンチャク──速度はそのまま重さは十一倍になっています──を躱しつつ、すれ違いざまに斬り捨てました。
「な、んだ、と……っ?」
「っ〈アイスサイス〉!」
「〈ブライトショット〉!」
飛来するのは氷の鎌と、それから光の弾丸です。
後者はヴォルフさんが放ちました。
ゼニックさんがやられたため、このままでは不味いと本能的に悟ったようです。
とはいえ、この程度の〈魔術〉に今更当たる訳もなく。
最小限の動きで回避し、小走りでイゼルさんに近付いて行きます。
彼女が次の〈魔術〉を発動させるより早くその首を刎ね、そしてそんな私の背後をヴォルフさんが狙います。
「死に晒せっ、《断罪の一閃》!」
振り下ろされた斬撃を、左の掌で受け止めます。
その瞬間、ヴォルフさんは自身の勝利を確信しました。
なぜならば、《断罪の一閃》は対象の《防御力》を無視するという《ユニークスキル》であるからです。
防御無視の剣閃は狙いを違わず直撃し、されど私には擦り傷一つ付けられません。
「ハァ!? どうなってやがるっ?」
仕組みは単純です。
この《スキル》に限らず、ほぼ全ての無効化能力には効果の上限が設けられています。
《断罪の一閃》では私の《防御力》を無効化しきれなかった、というだけのこと。
「もったいないですね。もっとも私に届き得る可能性を秘めていたというのに」
振り向きざまに斬り付け、胸中の無念を吐き出します。
事実、《勇者》の《称号》を生まれ持っていた彼が、真剣に《レベル》を上げて《スキル》を鍛え剣技を磨いていたならば、私を傷つけることも夢ではありませんでした。
民を虐げる力を手に入れ満足するのではなく、国を豊かにするために《大型迷宮》のより深くまで挑んでいれば、もう少し違う結果になっていたでしょうに。
「今となっては詮無きことですか、ね」
三人の六鬼将の亡骸を見返し、呟きました。
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