第72話 《大型迷宮》

「全員無事で何よりです」


 『嗜虐公』レイズさんを討ち取った後。

 帝王御殿に潜入した皆さんが合流しました。

 大きな怪我を負った人も見当たらず、首尾よく目的を達成できたようです。


「《迷宮》の地図も見つけて来たぜ」


 ロンさん達の組が取り出したのは一抱えほどもある巻物です。

 広げて見れば、そこには《大型迷宮》の地図や各守護者の情報が記されていました。

 これは王家伝来の《大型迷宮》攻略書で、これから皆さんが挑むには必須の物です。


「それでは行きましょうか」


 そうして私達が入室したのは帝王御殿の中心、一際豪華な大広間。

 そこに、私達の目的の物はありました。


「おおぉー……」

「儂も目にするのはこれで二度目ですが、いやはやこの偉容にはいつも驚かされますな」

「《中型迷宮》も充分に大きく感じましたが、これはそれ以上ですね」

「天井もあの周りだけ高くなっているわ」

「あの高さで丸々一部屋作るのは骨が折れる故、あのようになったのだと耳にしたことがある」


 大広間の中心に聳え立つ巨大な扉、《大型迷宮》の入口を見て皆さんは口々に感想を述べています。

 金箔銀箔がふんだんに散りばめられたこの部屋の中央で、武骨な大扉が鎮座しているのはたしかに言葉の漏れる光景ではあります。

 とはいえ観光に来たわけではないので早々に切り上げ、扉の中に入りました。


「猶予は三週間ちょっとだったわよね?」

「ええ。その間に《レベル》を武帝に対抗できる域まで上げなくては……!」


 今後の展望を話し合っている内に、第二十階層に着きました。

 《迷宮攻略者》の《称号》は、《中型迷宮》を攻略して回ったことで《レベル10》に達しているため、本来なら第二十一階層から挑戦できます。

 しかし、第二十階層の区間守護者は《レベル70》であり、肩慣らしに適しているため一度倒しておくのです。


「私達、消耗僅少。一番手、担う」


 帝王御殿を探索した三組に別れ、それぞれで挑戦します。

 アーラさんの組が最初に入り、次にロンさん組、最後がヴェルスさんの組。

 《クロックフロッグ》というカエルの守護者を、どの組も危なげなく討伐しました。


「《レベル》上がったか?」

「うん、一つだけだったけどね」

「俺らと同じか」


 この戦闘により、皆さんの《レベル》が一つずつ上昇しました。

 やはり《レベル》が上の相手からは得られる《経験値》が多いですね。

 そんなことを思いつつ、第二十一階層に向かう皆さんに切り出します。


「それでは、私はこれで。第二十二階層まで攻略したら一度戻ってきて下さい」

「すみません。隠蔽はお願いします」

「はい。そちらもくれぐれも注意を怠らないよう」


 死力を尽くせとも、決死の覚悟で挑めとも言いません

 彼らの実力は《大型迷宮》でも充分に通用するものであると、私は他の誰よりも正確に理解できています。

 油断さえしなければ後れを取ることは無いでしょう。




「──と、こんなところでよいですかね」


 今回の夜襲で命を落とした貴族の方々──この中には騎士や『嗜虐公』も含まれています──を墓地に埋葬し終えました。

 帝王御殿に居たほぼ全ての貴族を殺したため死体の数はかなりのものでしたが、私の《敏捷性》と貪縄があればそこまでの時間はかかりません。

 これで最初の仕事は完了です。


 帝王御殿に戻る途中、一軒の建物に目をやります。

 通常の家屋より一回り大きなこの平屋は、『万薬師よろずくすりし』である宰相さんの工房です。

 中では今も実験が行われています。


「素晴らしい熱意ですね」


 研究も佳境だからでしょう、《薬品ポーション》で睡眠を代替し、寝る間も惜しんで実験を行っています。

 実験材料の備蓄は潤沢なので、この工房に居るのが彼一人でも実験は問題なく続けられます。


 ……今から侵入して製薬を止めさせることは可能ですが、さすがにそれは気が引けますね。

 莫大な時間をかけた研究なのですから、完成まで漕ぎつけたいのが人情でしょう。

 実用させるわけにはいきませんが、実用に移ろうとするその日までは傍観することに決め、その場を通り過ぎました。




 さて、それから一晩が経ち。

 日が昇り出すと、使用人さん達が目を覚まし始めます。

 帝王御殿の広大な敷地内には武帝の住まう本殿とは別に、使用人の宿泊する別棟がいくつかあるのです。


「おはようございます」

「あら、おはよ……って、どこですかここは!?」


 一番に目を覚ました女中さんが思わず叫びます。

 見慣れた寝室とは違う部屋だったことに驚いているようです。

 彼女の声に反応し、数人の方々が何事かと飛び起きました。


「ここは本殿の謁見の間ですよ」

「なっ、何で私が謁見の間に……!?」


 彼女らは混乱した様子で辺りを見渡します。

 謁見の間の煌びやかな壁や、畳を覆い尽くすように所狭しと敷き詰められた夥しい数の布団が目に入り、さらに混乱を深めました。


 やがて視線が私に集まり、質問攻めに遭う直前で柏手を打ちます。

 けたたましい破裂音が響き、その場の人々は静まり返りました。

 そんな皆さんに向けて、ゆっくりと言葉を発します。


「謁見の間を選んだのは全員を収容できるだけの広さを持つ部屋がここしかなかったからです。詳しい説明はこれから来る私の上司がしますので、その方にお聞きください」


 そう告げてからおおよそ十秒後、ヴェルスさん達がやって来ました。


「えっと、お待たせしました。……説明しても大丈夫ですかね?」

「…………」


 状況が掴めずヴェルスさんは訊ねますが、訊ねられた使用人さん達も状況が分からずキョロキョロと近くの人と目を見合わせるばかりです。


「皆さん状況が分からず混乱しておいでです。取りあえず説明して差し上げてください」

「あ、はい」


 そうしてヴェルスさんは話し始めます。

 自身の出自から六鬼将を二人倒したこと、帝王御殿に来た目的、そして集まった彼らに何を求めるのかまで。


「なるほど、あなた様のご要望は理解しました。わたくし達には抗う力はありませんし、要求通りに働かせていただきます」

「ええ。裏切ろうとすればこちらのヤマヒトさんが《スキル》で気付くので、どうか大人しく従ってください」


 年長者で使用人の束ね役でもある女性とヴェルスさんがそんなやり取りを交わしました。

 彼女や使用人さん達の多くは内心では武帝打倒は歓迎なようですが、しかし素直に協力しては失敗した時に責が及びかねません。

 そのためにこうして強制的に従わせるという形を取るのです。


「では、契約成立ですね。朝食にしましょうか」


 実は皆さんが話し合われている裏で、厨房をお借りして朝食を作っていたのです。

 使用人の皆さんは隣の部屋に配膳された朝食を見て、いつの間にこんなものをと目を剥きました。

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