第71話 VS『嗜虐公』

「オメェら何者だァ?」

「『嗜虐公』レイズ……っ」


 目の前に現れた猫背で痩せぎすな男性を見て、誰ともなく呟きました。

 人相を知らずとも、その強大な気配から正体に察しがついたようです。


「ヒハハっ、有名人は困っちまうぜ、一方的に知られてんだからよォ。……で、もっかい聞くが誰だ、お前ら」


 三日月のように目を細め、再び質問してきます。

 ガロスさんとは面識があるそうですが、皆さん兜なり頭巾なりで顔を隠しているのでバレてはいません。

 ヴェルスさんが頭巾を取りつつ一歩前に出、レイズさんの質問に答えます。


「僕はヴェルスタッド・トゥーティレイク。ボイスナー領の領主ポイルスを殺したヴェルスであり、あなたが殺したギルレイス・トゥーティレイクの息子です」

「ハぁ? んなことある訳……いや、だがその紅の髪。帝族のにそっくりだな。まさかマジなのか!?」


 レイズさんが驚愕の声を上げ、そして歓喜に顔を歪めます。


「ハハハッ、だとしたらこいつァ運が良い・・・・!」

「……どういう意味です?」


 怪訝そうにヴェルスさんが訊ねました。

 レイズさんは気前よく答えてくださいます。


「なに、大したことじゃァねえ。ただよォ、テメェの親父をブッ殺したときの命令は『一族郎党皆殺し』だったんだよなァ」


 当時のことを思い出すように天井を見上げて語るレイズさん。


「だが、ギルレイスとその側近がどうにもしつこかった。致命傷を与えてるってのに俺の邪魔をしやがった。お陰で騎士一人と赤子くれぇの気配を一つ、取り逃がしちまった」

「…………」

「あの後結構探したんだぜ? でも見つからねぇから途中でメンドくなってテキトーに殺したって報告した。さすがにこのことが陛下にバレると不味いからよォ、オメェらが直接来てくれて助かったぜ」


 そうして、彼はこれまでより一層凶悪な笑みを浮かべ、叫びました。


「ここで全員殺しゃあ証拠隠滅は完璧だからなァ!」

「っ、来ます!」


 床材が軋む音が届くとほぼ同時、剣刃のぶつかり合う硬質な音が響きました。

 まず標的となったのは最も前に出ていたヴェルスさん。

 ヴェルスさんの颯剣とレイズさんの二振りのシミター──刃の湾曲した剣──が、一瞬の内に幾度も打ち合わせされます。


「ハッ、ザコい気配の癖してやるじゃねぇかァ!」


 レイズさんも《職業》は《特奥級》。

 《レベル》が八十を超えていることもあり、《パラメータ》では彼に分があります。

 ヴェルスさんはそれに技術のみで対抗しているのです。


「拙者を忘れてもらっては困ります!」

「覚悟せよッ」

「ヒハハァッ、こっちの剣は二本しかねぇってのに三人掛かりは酷ぇだろォ!」


 レイズさんはシミター二刀流です。

 細長くしなやかな腕を鞭のように振るい、相手を寄せ付けないようにするのが彼の戦法のようです。

 ナイディンさんとガロスさんが助太刀したにもかかわらず、素早い剣捌きと巧みな立ち回りで包囲を免れています。


「うおっとっと、ハハッ、やるなァ!」


 シミターを躱した刹那、ヴェルスさんは剣身同士を重ね合わせるように滑らせ、レイズさんの手を斬り落としにかかりました。

 手首を斬るには及ばなかったものの、指の二本を落とさせることに成功し、レイズさんが飛び退ります。

 ヴェルスさん達は即座に追いつきますが、その時にはもうレイズさんの指は新しく生えていました。


「《一殺多生》だったか、厄介な!」

「こっちは一人なんだから《ユニークスキル》アリでとんとんだろォ!?」


 《一殺多生》、レイズさんの《ユニークスキル》です。

 効果自体は単純な回復能力ですが、この《スキル》が特異なのは使用に魔力が必要なく、クールタイムも存在しない事。

 代わりに、使用には固有のストックを消費します。


「まだまだストックは余ってんだ、今度はこっちから行くぜェ!」


 他者を殺害する度に、一つ補充されるストック。

 最大数は二百であり、戦闘が始まってから既に二度回復しているため、残りは百九十八です。

 つまりはあと百九十八回、一瞬で傷を回復し戦闘を続行できます。


 なお、この驚異的な《スキル》は巷では有名らしく、領主組は全員が知っていました。

 平民を切り刻み、この《スキル》で癒し、再度切り刻むといった行為を繰り返していたのが『嗜虐公』と呼ばれる所以になったのだとか。


「様子見は終わりだァ!」

「っ、今までのは本気ではなかったのか!?」

「当っ然だろ! テメェらの力量を計ってたんだよォ!」


 ヴェルスさん達の攻撃能力を警戒に値しないと判断したことで、レイズさんの戦い方が変化しました。

 回避や防御の優先度を下げ、意識を攻撃へ偏重させています。

 自分が傷つくことを恐れず、ひたすらシミターを振るって相手の意識を防御に割かせ、自分のペースに持ち込もうとしているのです。


「オラオラどォしたァ! 掠り傷がいくら付こうが効かねぇぞォ! 〈二条斬〉!」


 隔絶した回復力を頼みとし、〈術技〉や斬撃を叩き込むのが彼の必勝パターンでした。

 自分はほぼ無限に回復しつつ、相手には一方的にダメージを蓄積させられれば、多少の《レベル》差などひっくり返せます。

 この戦い方で格上の魔物を狩り、《レベル》を高め、六鬼将最強と呼ばれるようになったのでしょう。


 聞くところによると、《大型迷宮》第二十五階層を突破した唯一の六鬼将なのだとか。

 それは凄いことだと思いつつ、しかしそれは思考をしない《迷宮》魔物が相手だからできたことだ、と話を聞いて思いました。


「〈術技〉後の硬直が狙い目ッ」

「ハッ、《剣術巧者》があるんだ、〈下級術技〉如き隙にはならねェ!」


 ナイディンさんが突き出した矛を、半歩下がりつつ身を反らして躱します。

 そこへヴェルスさんとガロスさんが追撃。


「危ねぇなァ!」


 お二人へ牽制するようにシミターを振るうレイズさん。

 ガロスさんはそれを正面から受け止め、そしてヴェルスさんは剣身で受け流しました。

 頬が浅く斬れましたが、気にせず間合いを詰めます。


「チィっ!」


 レイズさんは即座にもう半歩下がりつつシミターを翻し、再度ヴェルスさんを斬りつけようとし──


「ここです!」

「っ!?」


 ──直後、シミターが宙を舞いました。


 やったことは単純で、ヴェルスさんの斬撃がシミターを弾き飛ばしたのです。

 間合いに入られかけている焦りがあったこと、無理のある太刀筋で十全に力が乗らなかったこと、そもそも片手であるため握る力が比較的弱いこと等々。

 いくつかの要因が絡み合い、このような結果となりました。


 これが対レイズさん用に話し合われた作戦でした。

 作戦会議ではかち上げて隙を作れれば上々、くらいの予定だったのですが手から離させられるとは僥倖です。


「マズっ!?」

「〈大鋒槊だいほうさく〉!」

「クソぉっ」


 ナイディンさんの槍が〈術技〉により伸長し、防御しそこなったレイズさんが肩に傷を負います。


「この程度っ」

「某を忘れるな!」

「邪魔だザコ、ぐぁっ!?」


 首に向かって放たれたガロスさんの斬撃は、防御のため掲げられたシミターを避けるように途中でカクンと軌道を変え、レイズさんの太腿ふとももを斬り裂きました。


「さらばです、『嗜虐公』」

「が……っ!」


 バランスを崩しかけ、《一殺多生》で足を癒した時にはもう、ヴェルスさんの颯剣は振り抜かれていました。

 文字通り疾風はやての速度の一閃は、頭部を斜めに切断し、『嗜虐公』レイズの生命を奪い去ったのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る