第58話 選定
「これらの領主が良いかと思いまする」
仮の同盟を結んだ私達はその後、執務室に戻り今後の計画を練っていました。
パルドさんが教えてくださったのは同盟を結べそうな他領の領主さんです。
同盟に参加しそうな方をピックアップしてくださいました。
「高位貴族が三人も……。案外皆さん、民草のことを思っていらっしゃるのですね」
ヴェルスさんが嬉しそうに言います。
パルドさんは目を逸らしながら応えました。
「いえ、その、何と申しますか。比較的善人であることは間違いございませんが、そこまで純粋な者ばかりではないのです……」
ゴホン、と咳払いをして指さしたのは地図の右端。
「まず、このファスニル領のフィスニル殿は強くなることを第一に掲げた方です」
言葉を選ぶようにして話を続けます。
「今は《中型迷宮》を与えてくれた陛下に従っていますが、ヴェルス様の構想なら《大型迷宮》を使えるようになるのですから、寝返らせるのはそう難しくはないでしょう。高位貴族の中でもかなりの武闘派ですので大きな戦力となるはずです」
言い終わるや、指先を地図の真ん中に移動させました。
「次にトークス領のモルトー殿は娘が王太子と婚約したのですが……去年の暮れにその娘が賊の襲撃で亡くなったのです。いえ、それが事故でないことは当方を含め、多くの貴族の知るところですが」
いわゆる公然の秘密だとか。
王太子、即ちヴェルスさんの伯父は気性が荒いことで有名で、盗賊に殺されたというその婚約者も本当は王太子が何かの弾みで殺したのだろう、と。
貴族の屋敷に侵入できるような盗賊は、そう簡単には現れませんからね。
そういう訳で、モルトーさんは大層お冠だそうです。
王太子が《勇者》の《称号》を持ち、六鬼将に名を連ねるほどの実力者であるため努めて平然としていたらしいですが、
「こういった事情ですので、薄くとも勝機を示せさえすれば協力は取り付けられるでしょう」
それからパルドさんが左端の中段、ハスト領の下辺りを指し示します。
「最後にカヴォス領のガロス殿ですが、彼はお若いながら立派に民のことを護っている善良な領主です。少し頑固な所はありますが、心身を鍛え魔物や賊から民を守る模範的な貴族と言えます。今の国情を憂いておられますし、ヴェルス様の計画にも協力してくださるはずです」
そうして一通りの説明を聞き終えました。
「しかし、ファスニル領まで行くのは少し難しいかもしれませぬな」
「遠いですからね」
ファスニル領があるのは帝国の東端、ボイスナー領の反対側です。
そこまで行くと、かなりのタイムロスになります。
「そちらには私が行きましょう。ヴェルスさん達は残り二名の説得をお願いします」
という訳で、私はファスニル領へ向かうことになりました。
「では、私はお先に」
「ええ、師匠。お互い頑張りましょう」
バラッド領の《中型迷宮》に挑むヴェルスさん達と別れ、私は一足早く旅立ちます。
目指すのはファスニル領……ですが、その前に少し寄り道しましょう。
◆ ◆ ◆
「は、はは……。本当に居ない……」
誰の気配もない洞穴の前で、俺は放心していた。
六鬼将が一角、『富豪商』のゼニックの部下である俺は、食料や研究資材をミルケアに届けるのが仕事をしている。
バラッド領の片隅で、何か悍ましい実験をしている……していたあの女は、面倒事を避けるために身を隠していた。
近くの町村に買い出しに行っては怪しまれるし、大量の金銭を持ち運ぶのは大変なので、補給をゼニックに頼っていたわけだ。
そのため支払いは事前に済ませていたらしく、俺はミルケア達からの注文を聞き、ゼニックに伝え、集められた物資を届けるだけの作業を繰り返していた。
それなりに強いので街道の魔物は相手にならず、《気配察知》が《レベル10》で巡回の目を盗みやすいためこの仕事が割り当てられたのだ。
「念のため中も確認するか」
『気配を完全に遮断する《魔道具》を使っている』とかだと後々俺の首が物理的に飛ぶことになる。
よって、慎重を期すために洞穴へ入ることにした。
《暗視》無しでは一寸先も見通せない、暗い洞穴を歩きながら立ち寄った村でのことを思い出す。
村人全員が攫われていたはずの村、そこに村人達が戻っていた。大きな安堵と同じくらいの困惑を覚えた。
ただの行商を装い、どうしたのかと訊ねてみれば、領主の依頼で来た男達が救ってくれたのだという。
信じがたいことに、『創魔匠』ミルケアを倒して。
あの化け物が殺される訳がない!
反射的にそう思ったが、村人達が村に戻っているという事実がその非現実的な事象を証明していた。
呆然としつつも、当初の予定通り一旦は洞穴まで行ってみることにし、そうして現在に至る。
「……帰る、か」
洞穴の最奥、ミルケアが実験室としていた部屋まで来ても誰もいなかった。
無駄に長い洞穴を一人で歩き、出口の前で目を見開く。
見たこともないような白い服を着た、真っ白い髪の男が居た。
特筆すべきは気配の希薄さ。
視覚で捉えているにもかかわらず、気を緩めれば見失ってしまいそうなほどに気配が無い。
「……どちら様、でしょうか」
「ヤマヒトと言う者です。旅人をしています」
「っ」
思わず息を呑む。
その名前には聞き覚えがあった、村人達を救った英雄の名だ。
今更ながら、彼らに敗れたミルケアが情報を吐いている可能性に思い至った。
他人より自分が大切だなんて当たり前だ、拷問されればすぐに取引相手の情報を教えるだろう。
俺が逆の立場でもする。
だから、共犯者を捕らえるため張り込まれていたとしても何ら不思議はない。
「そう、か……。俺を殺しに来たんだな」
お似合いの末路だ、と自嘲する。
思えば無価値な人生だった。
『俺、大きくなったら狩人になるんだ!』
幼少期、最初に憧れたのは狩人だった。
魔物を倒し皆を守れる、そんな強さに憧れて近所の狩人に戦い方を教わったりしていた。
同年代の中でも体が大きく《ユニークスキル》も持っていた俺は、狩人を始めると見る間に《レベル》を上げて行った。
『じゃああたしは商人!』
そんな俺が村を出たのは、幼馴染のジオを守るためだ。
商人の家に生まれたあいつは、「困ってる人に品物を届けたい」なんて夢を昔からよく語っていた。
父親の元で商人のいろはを学び、行商として独り立ちすることになったあいつから、護衛を頼まれたのだ。
俺は二つ返事で引き受けた。
その頃にはもう充分に力を付けていたし、実際、襲って来る魔物は俺一人で難なく撃退できた。
ジオには商才があったようで、みるみる販路を増やしていき、隊商を率いるようになり、そして気付けば小さな商会を立ち上げるまでになっていた。
領を跨いで活動するあいつの商会は、町から離れた村にも良心的な価格で取引することから、多くの人に感謝されていた。
けれどそれが『富豪商』ゼニックの逆鱗に触れた。
『全く、チミ達のせいでミーの努力がパアだよ。物不足が解消されてカモ共が売買に応じなくなっちゃったじゃないカァ』
初めて目にした六鬼将は、変異種なんて目じゃないくらいに強大だった。
戦っても勝てないと、考えるまでもなく分かってしまった。
商会の権利を渡せば不問にしてやると言うゼニックを、そんなことはできないとジオが拒み、次の瞬間殺気を感じた。
なのに俺は動かなかった。
ゼニックにとってはきっとジャブみたいな一撃で、俺程度でも防げたはずなのに、標的が自分になるんじゃないかと怯えて、見殺しにした。
黄金が閃き、ジオの首から上が弾け飛んだ。
『ンー、そこのチミ、ミーの下で働かない? そこそこ強いし、会頭と違ってそこそこ賢いみたいだからネ』
死者を、護衛対象を、親友を貶された。
道義にかけて、矜持にかけて、
なのに俺は動かなかった。
生きていれば仇を討てるとか、ジオの遺志を継げるとか、そんな実利的な魂胆ではない。
ただ、我が身可愛さに屈しただけだ。
友を見捨て、豚の走狗に成り下がった。
だから、今ここで殺されるのならそれは正当な報いだ。
友を庇わなかった俺は、ただの取引相手に情報をバラされ殺されるのがお似合いの末路だろう。
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