第43話 《中型迷宮》

「お待ちしておりました、ヴェルス様」


 隠れ村に着くとネラルさんとその仲間達が出迎えてくれました。

 領都から隠れ村までは馬車で半日の距離。

 朝早くに出たので昼過ぎには着けました。


「こんにちは、わざわざありがとうございます」


 ヴェルスさんは凛々しい顔つきで答えます。

 移動中にぐっすり眠って元気満タンです。

 若さとは素晴らしいですね。


「《中型迷宮》を攻略するとのお話でしたが、私どもが案内した方がよろしいでしょうか?」

「いえ、必要ありません。皆さんは皆さんの仕事をお願いします」

「承知しました、失礼します」


 恭しく頭を下げて、ネラルさんは去って行きました。

 ちなみに、彼は常時あの慇懃な態度を取るようになりました。

 「楽にしてくれていいですよ」とヴェルスさんは言っていましたが、尊敬できる相手には礼を尽くしたいと言ってあの態度を貫いています


「僕達も行こうか」

「おう!」

「ヴェルス君はずっと領主の仕事をしていたけれど急に戦って大丈夫なのかしら?」


 ヴェルスさんが激務に忙殺されている間、タチエナさん達は魔物の間引きや街道整備の護衛などをして下さっていました。

 帰って来たのもつい先日のため、ヴェルスさんが日々訓練していたことは知りません。


「それなら問題ないよ、剣には毎日触ってたから」

「ええ、腕は衰えていません。むしろ三週間前より確実に上達していると私が保証しますよ」

「なら安心ね」


 ということで、ヴェルスさん達と《中型迷宮》に向かいます。

 大扉を抜けて螺旋階段を上り、三つ目の踊り場にやって来ました。


===============

 称号

迷宮攻略者 ランク4:迷宮を踏破した者の称号。


Lv1  第二階層以下の階層石を無視して進める。

===============


 《小型迷宮》にて最終守護者を倒した私達には《迷宮攻略者Lv1》の《称号》があります。

 浅い階層を攻略する手間を省いて、第三階層に突入できるのです。


「外とは違って暖かいわね」

「森、ですけど蒸し蒸ししていますね。木も大きいですし」


 そこは熱帯雨林に似た環境でした。

 強い陽射し──太陽ではなく天井の光ですが──が鬱蒼とした森を明るくしています。


「《階層石》があるのはあちらです」

「わかりました、師匠」


 一行は森の中を進んで行きます。

 私が道案内を務めますので、地図はありません。

 そもそも地図が作られていない、と言った方が正確ですが。


 《中型迷宮》の一階層ごとの面積は《小型迷宮》の四倍。

 紙の貴重なこの村では、そんな広域を書き記せるだけの用紙が無かったのです。


 隠れ村の狩人さん達は特徴的な地形を記憶し、方向感覚を頼りに攻略していました。

 この世界の《迷宮》には、入る度に地形が変わる『不思議な』要素はないので、地道に続ければその方法でも攻略は可能です。

 しかし、それでは時間がかかり過ぎますし、今後この《中型迷宮》を訪れる人達も苦労してしまいます。


 そういう訳で、この《迷宮》をマッピングするのも今回の目的の一つです。


「見つかったっぽいな、正面から四体来る」

「第三階層だから《レベル25》くらいよね。肩慣らしにはちょうどいい相手じゃないかしら」

「私は待機、魔力温存」


 言って、弟子達は臨戦態勢で進みます。

 そして接敵。

 森の奥から現れたのは四頭の豚さんでした。


 色は白、体高は私の腰あたりまであるそこそこ大きな豚さんです。

 ざっ、ざっ、と後ろ足で地面を蹴り、獰猛に突進してきました。


「〈飛断〉!」

「プギィ!?」


 ヴェルスさんの飛ぶ斬撃で豚の一頭が躓きました。


 〈剣術〉を放ったヴェルスさんの脇をタチエナさんが駆け抜けます。

 先頭の豚と衝突する刹那、フェイントを入れて回避。

 交錯の瞬間に首を斬り裂きました。


 一方その頃、ロンさんも突っ込んできた豚の顔面に刺突を放っていました。

 《防御力》に優れている豚の魔物ですが、突進と刺突の勢いが合わさり、穂先が脳まで易々と食い込みます。

 攻撃した側にも結構な負荷が掛かったはずですが、弟子の中では最も体格に恵まれているロンさんにとって、それは筋力で抑え込める程度のものでした。


 そこで〈飛断〉の硬直から脱したヴェルスさんも参戦し、残る二頭もとんとん拍子で殲滅されました。

 死体が《ドロップアイテム》に変わります。


「これらは私が運びましょう」

「師匠がいると籠持たなくていいから助かるぜ」


 そんな具合で第三階層の《階層石》にはすぐに到達できました。

 その後も破竹の勢いで進軍し、これから第五階層の区間守護者に挑戦します。

 報酬を重複して受け取るため、現在はアーラさんとロンさんだけで挑んでおり、私や残りの二人は踊り場で待機中です。


「お主らも来ておったのか」


 そのとき螺旋階段を降りて来たのは金銀妖眼の童女、ドリスさんです。

 のっぺりと広く、浮遊する闇の板の上に《ドロップアイテム》を山積みにしています。


「ヴェルスさんの仕事がある程度片付きましたので。そちらも好調そうですね」

「まあの」


 彼女には《中型迷宮》の攻略に当たってもらっていました。

 ただ、攻略開始初日に最終守護者を討伐するところまで行ってしまったため、今は《ドロップアイテム》を集めてくださっています。


「アーラとロンは区間守護者かの?」

「そうですよ」

「苦戦はせぬだろうが状況が見えぬのは歯痒いの」

「大丈夫よ。私とヴェルス君も二人で勝てたんだし」

「そうは言ってものぅ……と、終わったようじゃの」


 彼女と話し込んでいると、第五階層の入口に張られていた膜が消えました。

 守護者との戦闘が終わった合図です。

 しばらくしてアーラさん達が帰って来たました。


「楽勝だったぜーッ、師しょ……ん? そっちにいんのは」

「ドリス、久しぶり」


 二人が扉をくぐり、ドリスさんに親し気に話しかけます。

 久しぶりの再会で話し込む皆さんと一旦別れ、私は守護者部屋に入って行きます。

 それと同時に区間守護者が生成されました。


「待たせるのも忍びないですし、手早く終わらせましょう」


 純白の鶏冠とさかにオレンジのくちばしに白銀の羽毛にと、いっそ眩しいくらいに明るい色で固めた巨体を、レモン色の二本足で支えた大人の数倍はあろうかという巨大鶏の首を刈り取りました。


「──ッ」


 宙を舞った頭部が地面に落ちるより早く、その身は《ドロップアイテム》へと変じました。

 魔物であろうと命を積極的には奪わないのが私の信条ですが、《迷宮》魔物は例外です。

 彼らは《迷宮》の機能で《創造》されたモノであり、意識や心を持たないからです。


『侵入者を襲う』

『《迷宮》の外に出ない』

『六体以上で群れない』


 そういったプログラムの組み込まれた傀儡なのだと、《自然体》や《他心通》を介して理解しています。

 《ドロップアイテム》を拾って《宝箱》を開け、守護者部屋を後にしました。


===============


ここまでお読みくださりありがとうございます。

ストックが尽きかけのため毎日更新は本日で終了となります。次話以降は三日おきの更新とさせていただきます。


また、面白いと思っていただけましたら下記のリンクから★評価していただけると嬉しいです。

https://kakuyomu.jp/works/16817330649125075099#reviews

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る