第37話 領地改革

「……僕は上手くやれてたでしょうか?」


 キリ村を出た後、牛車の中でヴェルスさんが言いました。

 隣に座る村長が笑顔で応えます。


「良くできていたと思いますよ。やり取りもスムーズに進んでいましたし、村の人達からも好感触なように見えました。優しい人物であるという印象を与えられたと思いますよ」


 ただ、と一段トーンを落として言葉を繋ぎました。


「威厳のようなものが足りないように感じました。私は門外漢ですのでそれが正しいのかわかりませんが、私の知っている貴族はもっと上からな態度でしたね」

「威厳、ですか……」


 ヴェルスさんは難しそうな顔をします。

 彼は生来の優しさ、物腰の柔らかさで周囲の人々から慕われています。

 初めは距離のあった町の方々からもすぐに信頼を寄せられていました。


 しかし反面、尊き血筋の御方、のような持ち上げられ方はしていません。

 彼自身の若さもあってか、フレンドリーな接し方をされることがしばしばあります。


「どうだろうなぁ? 俺は偉ぶってる奴よか腰が低い奴の方が好きだけどな」

「私もそう思うわ。あまり偉そうにされると殴りたくなるもの」

「村長は丁寧。誰にでも優しい。だから皆、村長のこと信じてる。ヴェルスもそうすべき」

「そ、そう言われると困りますね……」


 糸目をいつもよりも細めさせて頬を掻く村長。

 初めに門外漢であると言っていたように、これ以上の深入りはしないようです。

 せっかくなので私も意見しましょう。


「たしかに横暴な領主ではいけませんね。人望のないリーダーでは、部下のモチベーションも上がりませんから」

「師匠もそう思われますか」

「ええ、ですが優しさばかりが人望ではありません。人徳は近しい相手からの信頼を得るには効果的ですが、領主のような大集団の長ともなると初対面の人と接することも多々あります。例えば今回の村回りのように」


 そこで一旦言葉を区切り、数拍の間を置いてから続きを話します。


「威厳……とは少し違うかもしれませんが、『自分は絶対に正しい』という自信があればそれは言葉や態度の節々に表れ、説得力を生みます。逆に自信なさげな人の言葉は疑われやすいです。信用しても良いものかと二の足を踏まれます。貴族の傲慢さは、そう言った面では有効であったのだと私は思いますよ」

「……なるほど、一理あります。私が頼りなかったら領民達を不安にさせてしまいますね」


 納得してもらえたようですが、そちらを意識しすぎて高圧的になられても困るので反駁はんばくもしておきます。


「ですが、領民の多くは領主を暴君であると認識しています。だからこそ丁寧に接すればそのギャップ故に信頼を得やすいです。キリ村の村長がそうだったように」


 捨て猫を拾う不良が良い人っぽく見えるのと同じ理屈です。


「そのため、優しさを示すことも重要であると思います」

「……結局どっちが大事なんだ?」


 どっちつかずの話をする私にロンさんが訊ねます。


「コミュニケーションに絶対の正解はありません。相手や場面に合わせて都度都度最適な対応を探るべきでしょう」


 そうして話を締めくくりました。

 私の長話にも真剣に耳を傾けてくださっていたヴェルスさんが、ここで疑問を口にします。


「師匠の仰ることはもっともだと思います。ですが、どうすれば威厳? みたいなものを出せるのでしょうか」

「難しく考える必要はありませんよ。領主という立場があるので、胸を張りハキハキと喋り堂々としていれば、それだけで威厳を感じ取ってもらえますよ」

「そういうものですか?」

「そういうものです。試しにやってみましょう。荷台で立って、胸を張って歩くのです」

「この牛車、そこそこ揺れてるんですが……」

「ヴェルスさんほど体幹を鍛えていれば平気ですよ」


 などと与太話をしつつ街道を進んで行きます。

 なお、かつては《魔竜王》の《称号》を持っていたドリスさんはこの話に、


「竜には人間のような結束などなかったからのぅ。救けを乞われれば力を貸してやったが、ワシは一人でのんびりするのを好んでおったし普段は不干渉じゃった。」


 とのコメントを残しました。

 王と言っても指導者キングではなく最強チャンプの意味合いが強かったらしいですね。


 さて、そんな風にしていると次の村が見えてきました。

 食料等を配ったり変異種を倒したりしつつ、《迷宮》や《職業》のことを広めて領民からの支持を得るこの旅は、まだまだ始まったばかりです。




 村々を巡回している内に、町を出てから十日と少しが経ちました。

 既に旅程は四分の三を通り越し、ハスト村にも立ち寄って村長と馬車を返しました。

 弟子達にとっては里帰りであり、特に家族のいるロンさんとアーラさんは久々の再会を喜んでいました。


 ちなみに、領都での出来事を伝えたようですが、二人とも心配はされても止められはしませんでした。

 これは二人が成人──この国の基準ではです──しているからなのでしょう。

 私が手を貸しているからというのも一部、ありそうでしたが。


 ハスト村に着いた日が雨だったこともあり、一日ゆっくりしてから村を出ました。

 直後はぬかるんでいた道も、数日が経ちすっかり乾いて元通りになっています。


「寒冷。炎を所望」


 とはいえ、気温まで元通りにはなりませんでしたが。

 先日の雨が秋の余熱を洗い流し、日に日に冬が本格化して来ています。

 お団子状態の弟子達とドリスさんは、魔物の毛皮にくるまって震えていました。


「全くしようのない奴め、〈ファイアフォグ〉」

「感謝感激」

「ありがてぇ」


 ドリスさんが炎の靄を生み出し、ストーブ代わりにしました。

 《防御力》が低く、寒さの影響を強く受けていたアーラさんとロンさんが感謝を告げます。

 弟子達の中では随一の筋肉量を誇るロンさんですが、冬の寒風に晒され続けては凍えてしまいます。


「次の村までの辛抱ですよ。そこに着けば防寒具が手に入ります」

「地図に載っていない村、ですよね……。どういうとこなんですか?」

「少し特殊なところですよ。しかし、今後のことを考えると、絶対に行かなくてはならない村です」

「どうしてです?」

「それは……いえ、それはヴェルスさん自身で答えを考えてみてください。頭の体操です」


 軽い傾斜を上りつつそんなことを話します。

 それから頃合いを見計らって注意事項を告げました。


「ああそれと、これから襲って来る人間は殺さないようにしてくださいね」

「へ……?」

「モォォッ」


 言いながら背後の牛車達に停止の合図を出しつつ、手綱も引きます。

 停止した牛の足下に、前方から飛んで来た〈ファイアアロー〉が突き刺さりました。


「「「ッ……!」」」


 弟子達が即座に武器を構えて外に飛び出ます。

 馬車内では一人残されたドリスさんが所在なさげにしています。

 警戒する弟子達の前に、襲撃者の一人が姿を現します。


「この先は俺達、ネラル山賊団のアジトだぜ。しみったれた商人はとっとと失せな」

「生憎ですが僕は商人ではありません、領主の代行です。あなた方が山賊であるのなら見逃すことは出来ません」


 その言葉を聞いた山賊さんは顔を歪めます。


「チッ、クソったれの貴族サマか。出て来いお前ら! 全員で叩き潰すぞ!」

「「「ヘイッ!」」」


 山賊さんの仲間三人も姿を見せ、臨戦態勢を入ります。

 そうして戦闘が始まったのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る