第26話 狩人長

「あ、た、助けてくださりありがとうございます」


 山賊さんが去った後、店主さんが私とドリスさんに頭を下げました。


「いえいえ。店主さんも災難でしたね」

「まあ、貴族や騎士の横暴は今に始まったことではないですから……」


 力ない笑みを浮かべて店主さんはそう言います。


「それほど酷いのですか?」

「先代の頃はまだマシだったんですけど、代替わりしてからは上から下まで好き放題ですよ。どこもこんなものだって聞いてましたけど、ヤマヒトさんのとこでは違ったのですか?」

「私の故郷には貴族も騎士も来ませんでしたので」

「はぁ、羨ましいです」


 その後も少し話をしてから店を後にします。

 もういい時間帯ですので、宿に戻ることにしました。


「はぐはぐ。串焼きと言ったか、美味いし食べやすいし良いのう」

「転ぶと先端が喉に刺さるので気を付けてくださいね。と言っても、ドリスさんの《防御力》なら大丈夫でしょうが」


 串焼きは先程のお店で買いました。

 ドリスさんが入店したのはこれの匂いに惹かれたからですし、店主さんがお礼にとくださったのです。

 当然、代金は払いました。


「今日は無駄足じゃったのう」

「噂話もありませんでしたね」


 ある程度予想の付いた結果だったため、私も彼女もあまり気落ちしていません。


「それにしても騎士と言ったか。あのような連中も殺してはならぬのかの? 昔殺しておった盗賊と同質の存在じゃろうて」

「こらこら、軽はずみに人をあやめてはなりませんよ」


 窘めるようにそう告げます。

 殺気は感じなかったので、私が乱入せずともドリスさんも殺しはしなかったでしょうが、念のためです。


「人間の社会で生きるのならば、誰かの命が懸かっているのでない限り、極力人を傷つけてはなりません。きちんと会話を試み、忠告をし、その上で殺意を向けて来るようなら仕方ないですが」

「分かっておる分かっておる。《復活》はワシもお主もさせられぬから慎重に、じゃろ?」

「それと人を簡単に傷つける者は排斥されるから、ですね」


 そんな話をしている内に、私達は宿に着きました。

 中に入ると、見覚えのある姿が野菜を運んでいました。


「あら、ありがとう。ウチ、若いのがいないから助かるわ」

「いえいえ、このくらい。……って、あれ、師匠じゃないですか!?」

「どうも、ヴェルスさん。皆さんもここに泊まられるので?」


 かれこれ数時間ぶりの再会となります。


「皆さんも、ということは師匠も何ですね。奇遇です、僕達もなんですよ」


 そんな話をしていると、二階から他の方々も下りてこられました。


「おやヤマヒト殿、思ったより早い再会となりましたね」

「ですね、村長。……浮かない顔をされていますが、謁見は無理そうだったのですか?」

「いえ、謁見自体はもう終わっていまして、申し出たらそのまま領主様のところにお目通しいただけました」

「それはそれは」


 領主は忙しいのが常でしょうに、たまたま暇をしていたのでしょうか。


「しかしその様子ですと結果はかんばしくなかったようですね」

「はい、取り付く島もなく……。私も言葉を重ねてみたのですが、『下民如きが口答えするな』と追い返されてしまいました」

「理由はなんと?」

「それも教えてもらえませんでした」


 村長も断られることは考慮していたはずですが、あまりに手酷い扱いに悲しんでおられるようです。


「それだけじゃないんだぜ、聞いてくれよ師匠! あのクズ領主、話を続けようとする村長に剣を投げて来やがった!」

「駄目だろ、他に客も居るんだしそんな大声で言ったら……!」


 ヴェルスさんに注意を受けますが、ロンさんはそれでも怒り冷めやらぬ様子です。

 ぐぐ~、とドリスさんのお腹が鳴ったのはその時でした。


「……とはいえ、嘆いていても仕方ありません。夕食にしましょう」

「そう、だな……」

「ワシもちょうど腹が空いてきたところじゃ」


 串焼きだけではあまり足しにはならなかったようですね。


 宿屋の女将に頼んで夕食を作ってもらいます。

 この宿屋は一階が料理屋になっており、追加料金を払えばこういったサービスも受けられるのです。

 大きめなテーブル席を全員で囲って待っていると、強面な男性が声を掛けて来ました。


「なぁ、あんたらも領主に会いに来たのか?」

「ええ、そうです。私はハスト村というところの村長をしておりまして、減税の嘆願をしに」

「そうか。俺はこの町の狩人の長をしている者だ」


 話を聞くと、村の年貢だけでなく狩人の税も増加していたそうです。

 そのことでこの狩人長さんも領主に謁見したようですが……。


「俺は結局何もできなかったがな。あんたらも似たようなもんだろ?」

「はい、残念ながら」

「……正直に答えてくれ。このまま絞り取られてあんたの村は持つのか?」

「……厳しいことになるでしょうね」


 歯切れ悪く村長が答えます。

 来年以降も大丈夫だという確証はなかったからです。


「だろうな。あのクソ領主が消えない限り、俺達も町や村の奴らも絞られるだけ絞られて飢え死にだ」

「っ、滅多なことを言ってはいけませんよ、人目もありますし」

「安心しろ。ここにいるのは全員、俺達の同志だ」


 ダンッ!

 厨房の方から音が聞こえました。

 野菜を切っていた女将さんが、包丁を強く握りしめています。


「アタシの娘は、あいつの館に招かれた三日後、死体になって見つかったわ」

「お、俺の親父は狩りに行く途中の貴族に見つかって、肩慣らしにって弓の的にされた」

「オラはたまたま目に着いたからって言って積み荷を勝手に奪われただ」


 女将の言葉を皮切りに、口々に領主から受けた仕打ちを暴露していくお客さん達。

 誰の言葉にも嘘の気配はありません。

 驚くべきことに、あるいは恐るべきことに、これらは彼らが本当に経験したことのようでした。


「そ、そんなことして、国は黙っているのですかっ!?」

「ヴェルス殿、武帝を筆頭に帝都のほとんどの者達が貴族至上主義ですので……」


 平民の訴えなど握り潰されるだけだと悔しそうに口にしました。

 この国のあんまりな支配体制にヴェルスさんが閉口します。


「そういうことだから、俺達にはあの貴族を殺すしかない。死んでいった奴らのためにも、これ以上被害に遭う奴を出さないためにもな」


 強い覚悟を感じさせる据わった目つきで狩人長は言います。


「無理を承知で頼みたい。そっちのあんちゃんの力を貸してくれっ」

「拙者の、ですか」


 頭を下げられたナイディンさんが、困ったように問い返しました。


「ああ。隠してても伝わって来るぜ、あんたの並外れた強さ。あんたがいれば百人力だ。この領地を救うためと思って協力して欲しい」


 ナイディンさんはいつも気配を隠していますが、《気配察知》に熟達した者ならばすぐに見抜けます。

 なお、ドリスさんの気配は町に着いて以来、常に《自然体》で隠しているのでバレていません。


「お、オラ達からも、お願いします」

「…………」


 食堂の他のお客さんたちも頭を下げました。

 彼らの熱意に考え込むナイディンさんでしたが、少しして結論が出たようで口を開きます。


「申し訳ありませんが、丁重にお断りさせていただきます」

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