塗りつぶされた鷲獅子の騎士

 今夜のステージのために、バタバタとシャワーを浴びて化粧をし、衣装を確認したり、髪の毛をセットしているフランをベッドから眺めていたリカルドは、のそのそと起き上がった。

 ドレッサーの前で、ピアスをつけようとしているフランを後ろから抱きしめると甘えるように、彼女の肩に頭を擦り付けた。

「もうリカ君、ちゃんとシャツ着なよ。風邪ひいちゃうよ」

 鏡に上半身裸のリカルドが映っている。フランは子供をあやす母親のように注意した。振り返って彼の肩に描かれたグリフォンのタトゥーを触ると、グリフォンにキスをする。

「このタトゥー、カッコいいよね。でも、最初見た時、リカ君がタトゥー入れてるのちょっと意外だった」

「んー。学校の卒業記念に入れる伝統あって」

 上半身が鷲、下半身が獅子の怪物グリフォンは、聖騎士団のシンボルマークだった。


「うー! 仕事行きたくない。一生、フランとイチャイチャしながら寝てたい!」

 座っている彼女の腰に抱き着くと、太ももの上でリカルドは駄々をこね始めた。

「あはは。くすぐったいよ。今日は夜遅くにお兄ちゃんと取り立て行くんだっけ」

「そう。なんか、夜逃げするらしいから。そこを押さえに」

 ルシオが考えてくれた嘘をつく。嘘に心が少し痛んで、リカルドはフランから身体を離すと立ち上がった。


「俺もそろそろ準備しよ。遅くなると思うから、先に寝てていいよ」

 ベッドの下に落ちていたシャツを拾い、頭から被りながらリカルドがそう言うと、今度はフランが後ろから抱き着いてきた。

「待ってるから、帰ってきたら一緒にお風呂はいろ」

 あんまりにもフランが可愛いので、彼女が泣かないように今夜の救出作戦を成功させないとなぁ、といつもは入れることのない気合を入れた。


 フランが家を出た後で、ゴンさんが家にやってきた。ギルドに未所属で自宅に武器保管ロッカーを準備できない冒険者は、冒険者ギルド協会に保管料を払うことで預かってもらえる。ゴンさんは、リカルドの装備品を協会の保管庫から持ってきてくれたのだった。


「なんかもっとこうゴツゴツした感じの鎧は着ないんだねぇ。最近の人は」

 リカルドの装備品を運んでくる時に軽くて驚いていたゴンさんは、準備しているリカルドを見ながら呟いた。それは鎧というよりも、少し厚めの生地の服に胸当てなどが接着されているだけにしか見えない代物だった。

「ああ。これ、なんとかっていう霊樹から作ったカーボン樹脂となんとかっていう鉱石で作った最新のなんで、めちゃ軽でめちゃ頑丈なんですよ」

 リカルドは、コンコンと胸当て部分を叩いて、全然説明になっていない説明をしたが、叩いた胸当て、肩当て、肘宛の部分に描かれたグリフォンは黒く塗りつぶされており、それが元は聖騎士団の最新装備であることを物語っている。


「でも、本当にいいのかい。ビショップ君は最善を尽くすとは言ってたけど……」

「まぁどうなるか、わからないですけど、どこ行っても俺問題ばっかり起こして追い出されてきたんで、フランのお願いとはいえ居場所くれたタンユさんには恩返ししたいんすよね」

 へへッといつもの明るい笑顔をゴンさんに向けたが、ゴンさんは少し悲しそうな顔をした。


 外から車のクラクションの音が聞こえる。窓から下を覗くと、ドン・リリが迎えに来ていた。

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