敵の敵は味方?

 ルシオ達が酒場に着くと、ゴンさんとビショップがすでに到着していた。開店前なので、彼ら以外の客はいない。


「タン兄は、酔いつぶれてゴンさんちに泊ったことにしたから話合わせてくださいね」

 そう手短にいうと、ルシオは彼らと同じテーブルに着く。リカルドも空いている椅子に座った。リカルドを一瞥すると、ビショップが口を開いた。

「ルシオ。なんで、この子まで連れてきた」

 その発言に珍しく少しイラついたようにルシオが答える。

「当たり前でしょう。味方の中こちらで最大戦力ですよ」

「おい、言ってる意味わかってんのか。次、何か街の物壊したら、この子は即刻追放だぞ」

 前回の騒動で、ゴンさんとビショップは市長をなんとか説得し、二度目はないということでリカルドの公共物破損はお咎めなしとなっていた。

 ガタりと椅子から立ち上がると、ルシオはビショップの胸ぐらを掴んだ。


「あの~」と険悪な雰囲気の中で、リカルドはおずおずと手を挙げた。


「俺のことみんな過大評価? というか危険な兵器みたいな扱いしてて、偉い人達が騒いでるの見てて、だんだん面白くなっちゃって言うタイミング逃してたんですけど」

 決まりが悪そうに頬をポリポリと掻きながらリカルドは続ける。

「アレやるのそれなりに武器に条件あって、木製だと射出前に本体の方が壊れちゃうんで、掃除のモップじゃさすがに街破壊できないです……」

 

「マジで前回のは、ちょっと面白いかなって思って軽い出来心でやってしまっただけでして……、常時アレぶっ放して戦うわけじゃないといいますか……、ゴブリンは無理筋に臭かったんでやっちゃいましたけど」


 ゴンさんが溜め息をつく。

「……リカルド君、なんでそれ取り調べの時に言わなかったの」

「いや! ほんとこんなに大ごとになるとは思わなくてですね……マジですいませんっした!」

 両手を合わせて謝った後で、へへッと笑ったリカルドを見て、気が抜けてしまったルシオは、ビショップの胸ぐらから手を離して再び椅子に腰かけた。


「で、相手の要求はなんなんですか」

 ルシオの問いかけに、ゴンさんが今朝協会のポストに入っていた封筒を出した。

「ブリッツシュラークの剣と引き換えだそうだ」

 ドンッとビショップは忌々しげにテーブルを叩く。

「しかも指定された引き渡し場所が、うろ洞窟の前の武装許可地帯だ。あそこは保安官我々の力が届かない」


 武装許可地帯は、もともと洞窟へ向かう前に冒険者たちが準備を整えるために設けられた街の中でも特別な地域である。しかしながら、武器の携帯が許可されているとあって、素行の悪い冒険者や冒険者崩れなどアウトローたちが多く住み着いてしまい司法の目も届きづらいため、殺人や強盗などの凶悪犯罪が多発する犯罪特区のようになってしまっていた。現在その地区のボスは、ドン・リリである。

 そのような地域では、人質の安全の確保どころか、取引後に犯人を追跡するのは至難の業だ。


「ドン・リリがヴコールの債権者の中にいたが、結局ヴコールの所有してた武器の所在が不明で金は回収できてないはずだ」

 腕を組んでゴンさんは眉間にシワを寄せる。この街で敵対するには一番厄介な男がドン・リリだ。


 扉の鐘がなり、人が店内に入ってくる。ルシオは険しい顔をパッと営業スマイルに変えると振り返る。

「ごめんなさいね。まだ、営業前で……」

 言い終わる前に入店した男の顔を見て、ルシオは営業スマイルを消した。


 ギョロリとした青い目に、葉巻を咥えたドン・リリが立っていた。

 白い高級そうな三つ揃えのスーツのボタンは、肥満の腹ではちきれそうである。


「犯人にされる前に、こっちから出向いてやったぜ」


 勝手にズカズカと巨漢の黒服を着た部下を二人連れて入ってくると、部下の一人が他のテーブルから椅子を持ってきて、ドン・リリはリカルドの隣に座った。フシュー、フシューと肥満体特有の呼吸の音が嫌だったのか、リカルドはそっと椅子を彼から離す。


「だいたい、何でもかんでも俺たちの犯罪せいにすんじゃねぇよ」

 ドン・リリは胸元から写真の束を取り出すと、テーブルに滑らせる。

 暗くて判別がつきづらいが、黒くうねった独特な髪型からしてタンユを隠し撮りした写真のようだ。

「タンユを張ってれば、他の武器の場所もわかるんじゃないかと思ってな。子飼いの奴に後付けさせてた」

 頭に麻袋を被せられて暴行され誘拐されるまでの一連の様子が映っていた。

「どうして、この時通報してくれなかったの……」

「ったく、このオカマは目上の人間に敬語も使えねぇのか」

 怒りで肩を震わせるルシオに、ドン・リリは差別的な言葉を投げつける。


 しばらく写真を見ていたリカルドは、犯人たちの背格好にどうも見覚えがあって思い出そうと首を捻る。

「このアーマーインナー、BKMギルドのじゃないかな」

 ブラック・キング・マンバ。通称、BKMは、ヴコールの設立したギルドだ。有名で資金力もあるギルドの場合、揃いの装備等を特注することがよくある。

 リカルドの発言に、ドン・リリはニヤリとヒキガエルのような顔で笑った。

「そういうことだ。タンユあのクソもじゃもじゃ頭は、BKMの事務所に連れていかれてたよ」


 ゴンさんが沈痛な面持ちで組んだ指を額に当てる。

「ここまでして彼らは、ブリッツシュラークの剣を取り戻したいのか」

 ビショップもドン・リリとは別の意味で手が出しにくい相手で、眉間に指で押さえた。

「BKMは司法局に強力なツテがある。今日の取引時刻までにBKM事務所への家宅捜索令状は下りないだろう」

「その通り! おかげで俺たちもヴコールの武器財産をギルドの倉庫に隠してるのバレバレだってのに、財産開示請求を裁判所にハねられててな。差押できなくて商売あがったりだ」


 ドン・リリは、腹がつかえて腰が痛いのか、椅子に座り直して、こう続けた。


「それでは、ここからは商談といこうじゃないか」

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