毬栗も内から割れる
二メートル近い巨漢に口ひげを生やしたビショップ保安官は、カウンターでタンユを見つけると部下たちを置いてけぼりにして、ドカドカと店お奥まで入ってきた。部下たちは「いつものことだ」といった感じで空いてるテーブルに座り、ファーストドリンクの注文をしている。
「おい。タンユ、お前最近ルナちゃんのこと指名してないだろ。寂しがってたぞ。俺は女の子の指名をコロコロ変えるような男に育てた覚えはないぞ!」
タンユに人差し指を突き付けて、そう開口一番、声を張り上げる。
「アンタと指名被りしたからだろうガッ! ってか、フランの前でそういう話やめてくれます?!」
つい先日、お気に入りの風俗嬢のことをビショップも指名していることを知ってしまい、確かにその店から足は遠のいていたが、なんで嬢と俺の話してんだよ等ツッコミどころが多すぎてタンユは頭を抱えた。
ちなみに、ビショップ保安官は御年六十歳だが、仕事も下半身もバリバリの現役の独身貴族である。彼に指名された風俗嬢は、その後お金持ちと結婚したり起業して成功したり福が訪れるそうで、界隈では、風俗界の福の神として『風神ビショップ』と呼ばれているらしい。
カウンター越しにギャーギャーと言い合っているタンユとビショップの後ろから褐色の肌に筋肉質でガッシリとした坊主頭の部下の一人がフランに手を上げて微笑みかけた。
「ミゲル……帰ってきてたんだ」
リカルドの腕の中でフランはぎこちない笑顔を返した。フランの肩越しにリカルドが見上げるとミゲルと目があったが、すぐにミゲルの方から目を逸らした。
「フラン、少し話せる?」
ミゲルは優しくフランに語り掛けた。なんとなく二人の関係を察したリカルドがパッとフランから腕を離す。不安そうな顔で振り返ったフランにニコニコと「いってらっしゃい」とリカルドは伝えた。
二人が店の外に出るのを見届けてから、全員がリカルドに注目する。さっきまで喧嘩していたタンユとビショップまで野次馬な目を輝かせている。
「ミゲル君、あれですか。元カレ的な? すごいゴミを見るような目で見られたんですけど……」
ハハッと自虐的な笑顔でリカルドがみんなの期待に応えた。
「まぁお前のやってたことは、概ねゴミだから正解だろ」
「タン
ルシオがフォローになってない言葉をかける。
「でもミゲル君。警察学校行く前には、フラれてたわよね」
それを聞いたリカルドはパッと顔を明るくした。
「じゃあ、被ってないじゃん! ヨッシャァ! また奪ったとかキレられるのかと思った」
今までどれだけの女を彼氏から奪ってきたのだろうか、この男は。
「リカルド君。俺も罪作りな男と言われてきたからな、君の苦悩はよく理解できるが……」
ビショップの謎の同じモテ男目線に、無言でタンユが首をひねる。
「ミゲルはな、それこそ幼稚園の頃からフラン一筋で、十五歳の時に付き合えてからは本当に……仲睦まじく……似合いのカップルで……」
「いや、あれはただの奴隷だったぞ。ミゲルが幸せそうだったから放っておいたけど」
改ざんされたビショップの記憶に思わずツッコミを入れるタンユ。咳ばらいをして誤魔化すビショップ。
「まぁ、ミゲルはフランがお金で苦労しないようにって公務員になるような超真面目でいい奴だから、正直俺も期待してたわ。結婚してくれたらフランの家のローン押し付けられるなぁって」
タンユ、ルシオ、ビショップは三人でウンウンと頷いた。
バンッ!と扉が開くと、先ほどと打って変わって見るからに激昂した様子のミゲルが一直線にリカルドに詰め寄り胸ぐらを掴んだ。
「貴様! 表に出ろッ!」
「ちょっと! ミゲル! やめてよ!」
慌てて後を追ってきたフランがミゲルの腕をつかんで、リカルドから引き離そうとする。
「……あーえっと、ミゲル…
引きつった笑顔でリカルドがどうにかこの場を切り抜けようと頑張る。
「オッサン、どっちが勝つのに賭ける?」
「もちろんミゲルだ! 俺の愛弟子だからな!」
タンユとビショップは賭けを始める。それを見て「ええ~」と情けない声を上げるリカルド。リカルドはフランの方を向くと、ため息をついて火に油を注ぐようなことを言い始めた。
「フラン、念のため確認だけど、これでミゲル君が勝ったら、ミゲル君のことをまた好きになったりするわけ?」
「なるわけないじゃん!」
間髪入れないフランの回答に、リカルドは胸ぐらを掴んでいるミゲルの手首をつかみ返すと手を振りほどいた。いつもヘラヘラとのらりくらりしているリカルドが意外にも少し怒っているようだったので、タンユは驚く。
「勝っても負けてもフランが好きなのは俺なの。君がどんなに真面目にフランのことが好きだったとしても。フランのためとか言いながら、フランが嫌がってるのに警察学校行った自分が悪いって一番わかってるんだろ! 俺、殴ってなんになるわけ?」
さすがにタンユ、ルシオ、ビショップはギョッとした。ミゲルは今にもこめかみの血管が破裂しそうなくらいの怒りで肩を震わせている。カウンターの異様な様子にチラチラと他の客が気にし始め、完全に店内は一触即発の雰囲気に飲まれていた。
その雰囲気をぶち壊したのはフランだった。
「ねぇ、リカ君」
「私の気持ちを信じるのと私の気持ちに胡坐をかくのは違うことだと思う」
ヘッ? とリカルドがフランを見る。
「正直、女としては自分を取り合って男二人が喧嘩とか一度はされてみたいです」
「……アッハイ……」
リカルドの間の抜けた返事で、決闘が決まった。
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