酒入レバ、舌出ズ

 週末の酒場はまだ日が落ちて間もないというのに大変な盛況だ。カウンターにリカルドと隣り合って座るとタンユは、バーテンダーにビールを注文する。

「リカルドは酒飲めるのか? 今日は入社祝いに奢ってやるよ」

「あざす! じゃあ俺もビールで」

 バーテンダーは樽からビールを注ぎ、カウンターに木製のジョッキを三つ出した。

「おい、お前の分は奢んねぇぞ」

「えー、ケチぃ! 貸した礼服、雨でぐちゃぐちゃした癖にぃ! 」

 バーテンダーの名は、ルシオ。タンユの幼馴染で、タンユと同じくらいの長身に赤い髪の毛をオールバックにしている。切れ長の目に柔軟な笑顔がキレイな男性である。

「一カ月も前のこと、まだグチグチ言ってるのかよ。シワ増えるぞ、シワ。ほら、目元口元……」

「エッ! やだ、うそ。マルタおばあちゃんところ予約しなきゃ! 」

「あの婆さん、美容整形もやってるのかよ。もうそれ治癒じゃなくて新たなる創生だろ」


 頬を膨らませて少し怒った顔したルシオは他の客に呼ばれると、すぐにキリッとしたバーテンダーの顔に戻って他の客のところに行ってしまった。カウンターに重ねてある灰皿をとってタバコに火をつける。

「あいつ、しっかりビール持っていきやがった。まぁいいか。何はともあれ今日はお疲れ」

「ウッス」

 二人はジョッキを合わせて乾杯した。


「しかし、お前なんでどこのギルドにも入ってないんだよ」

 酒が入ったタンユは少し饒舌になって、リカルドに質問をし始めた。基礎能力六項目中、四つがS評価以上という怪物ルーキーならもっと騒ぎになっているはずだ。

「あー……そうですね。たぶん聖騎士学校の方に問い合わせいったんじゃないっすかね」

 リカルドには珍しく歯切れが悪い。

「なんだよ。教えろよ~」

 バツが悪そうに頭を掻くと、リカルドはおつまみのナッツをポリポリと齧った。

「聖騎士学校の生徒の中でも俺ちょっと目立ってて、聖騎士団の一番隊の隊長さんが目かけてくれたんですよ。入学直後から。おうちに呼んでくださって、ご飯いただいたりとか……」

 タンユもナッツと煙草を交互に口に入れながら、フンフンと頷いて話を聞く。


「で、になっちゃって」


 超 展 開


「は? 」

「……なんか気がついたら隊長いない日にもご飯呼ばれるなぁ……いう……」

 リカルドの皿のナッツがなくなったので、タンユは勝手知ったるカウンターの中に手をのばしてナッツの瓶をとるとザラザラとつぎ足した。遠くでルシオがなんか言ってるが無視する。

「で、しばらく経った時にたまたま早く帰ってきた隊長に見られちゃって、俺は未成年だったんで結局お咎めなかったんですけど、隊長は奥さんと離婚するしで、さすがに卒業後に騎士団入りはできなくてですね……」

 ビールをゴクゴクと飲んでなんとも情けない男前な顔を誤魔化そうとしているリカルドを見て少し不憫に……などと特に思うわけもなく


「……ブッハ!! お前面白すぎんだろ!!! ちょ、マジで腹痛いわ」


 タンユはゲラゲラと指をさして笑い転げた。


「さすがにフランにこの話してないんで、内緒にしてくださいよ。もう俺の話はいいじゃないですか! あ、俺のも見たんだから、タンユさんの免許証も見せてくださいよ」

 タンユは胸ポケットから右上の「無効」の項目に思いっきり大穴の開いている冒険者免許証を取り出すと、リカルドに渡した。


剣術 D

弓術 C

槍術 C

---------

騎乗 D

体術 S

通魔力 0


「言っておくけど、DとかCとか普通なんだからな。お前が異常なんだぞ」

 学年首位にテスト結果を見られたような恥ずかしさを誤魔化すようにタンユはビールを飲みほした。

「体術Sに通魔力ゼロ……ああ、だからあんな喧嘩、鬼強いんすね」


 通魔力は、文字通り体の魔力の通りやすさを示している。高ければ高いほど高等な魔術も使用できるし威力も強い。しかし、「ゼロ」となると話は異なり、電気を通さない絶縁体のような肉体のため魔力を使用した魔術攻撃はそのほとんどを無効化できる。デメリットとしては直接の治癒魔術も効果がないため、ケガや病気の治療の際は特殊な触媒を利用して行う必要がある。


 冒険者は街中での武器の携帯は原則認められていない。となると、いかに剣術・弓術・槍術が強かろうと素手で喧嘩するほかない。また、魔術は治癒魔術と証文魔術を除き、修練場等の特定の場所以外での使用は禁止であるが、違反覚悟で使用することは可能ある。しかしながら、前述のとおりタンユは魔術による攻撃でダメージを受けることはほとんどない。


 つまり、冒険者は街の中にいる限り、タンユに喧嘩で勝てる可能性はほぼゼロといえるのだ。


「でもタンユさん、警察官とかの方が向いてそうですね」

 警察官と聞いて、「ああ」と思いだした昔話を口にする。

「そういや若い頃、ビショップのオッサンに超それで付きまとわれたわ。『タンユよ、街の治安を一緒に守らないか?』って言いながらめっちゃ保安官バッチと上腕二頭筋見せられた」

「なんすか、それ。ハハ」

 そんな他愛のない会話をしながら酒を飲んでいると、酒場の奥にあるステージにゾロゾロと奏者たちが現れる。この酒場の売りは、歌にダンスに音楽、そして美味しい酒である。


「おお、フランの歌始まる前に便所いってくるわ」

 タンユがトイレにいなくなると、ルシオはリカルドに話しかけた。

「リカルド君、おかわりいる? 」

「あーじゃあ、ラムコークで」

 ルシオはカランカランと氷とともに酒を混ぜながらラムコークを作る。


「タンユも私もフランもね、親が冒険者でいつも家にいなくてね。マルタのおばあちゃんにゴンさん、ビショップさんが面倒見てくれてたの。いっつも三人で誰かの家にいて、本当の兄弟妹きょうだいみたいに過ごしてた」

 出来上がったラムコークをリカルドの前に提供する。


「フランはね、小さい時から親が洞窟に行くのを見送る時も、そのまま長期行方で親の葬式あげた時も大して泣いたりしなかったのにね、タンユが王都の警察学校入学するってなったら、ワンワン泣いちゃって、それでタンユは警察官になるのやめたのよ。ビショップさん凄い落胆しちゃって、それなのに警察官諦めてなにするかと思えば違法スレスレの金貸し始めたもんだから、もう会うたびにタンユに突っかかってて面白いのよ」


 クスクスと微笑むルシオの話を、リカルドはラムコークに添えられたレモンを絞って黙って飲みながら聞く。


「冒険者って請負での仕事だから基本成功報酬じゃない? それでみんな仕事前に準備したいけどお金ないから、鍛冶屋も薬屋もその他の店も後払いツケに対応してることがほとんどなのよね。でも勇者や聖人って呼ばれるような人もたまにいるけど冒険者は無法者の方が多いし、結構な割合でツケ払ってくれないのよ。だからね、喧嘩鬼つよのタンユが取り立て代行することが多くて、今ではこの街のほとんどの店がツケの時は『タンユが冒険者に貸した金でお店に払った』っていうにしてるってわけ」


 リカルドは急に合点がいったと、手を打った。

「だから武器ツケで買った後に、支払いしてなかったら突然タンユさんが取り立てに来たのか。急に鬼怖いオッサンきたからガチビビったス」

「もう。ツケの契約書ちゃんと読まなかったの? 依頼の報酬受け取り後、七日以内にお店に支払いすれば無利息なのに。バカね」


 トイレの方からビショビショの手を振って水を切るタンユがでてくると、ルシオは話を切り上げて悲鳴をあげながらカウンターを出てタンユの方へと駆け寄った。


「ちょっと! いつも言ってるでしょ! 汚い! 」

「あ、わり。ハンカチ忘れたわ」

「アンタがハンカチ持ってるところなんかこの三十年で一度も見たことないわよッ! 」

「そんなこと言ってると、客に歳バレるぞ 」

 キーッと怒るルシオをおちょくっていると、店のライトが消えて反対にステージのライトが付いた。


 いままでガヤガヤと煩かった客たちは一斉に静かになるとステージの方向を見る。


 赤いミニスカートのドレスを着たフランがマイクの前に立っていた。


 今宵のメインショーの始まりだ。

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