好事魔は多し少なし、どっち

 冒険者ギルド協会のゴンザレス事務局長こと、通称ゴンさんは昔は肥沃な大地であった頭皮を懐かしむかのようにサイドに残った残滓を伸ばして頂上をすだれ型に隠したヘアスタイルの小柄で温厚なオジサンである。


 応接セットの二人掛けソファーに座るように促された。

「タンユ君、いつもわざわざ協会までありがとね。あ! 君がリカルド君だね。噂は聞いてるよ。いや、本当に男前だね。君にはロマンを感じる。頑張って」

「ウッス。恐縮です」

 ペコリと、リカルドは金髪の頭を下げた。冒険は冒険でも別ジャンルの冒険な気もするが、そこにツッコんでも話が脱線するだけなのでタンユはその話題はスルーすることにした。


「でもフランちゃんを傷つけるのはダメだよ。あの子はね、僕たちにとって孫で娘で妹だからね。家族みたいなもんなんだよ」

 ゴンさんは秘書の男性が持ってきたお茶を二人に勧める。

「色んな人からめっちゃ怒られたんで、3日前からはもうフラン一筋です」

 あまりにもリカルドが常時堂々としているので、タンユはリカルドの超弩級な自己肯定力によって3日目にしてすでに圧死しそうだ。

「ゴンさん、それでとりあえずリカルドの名義で例の登録したいんだよね」

 無理矢理、本題に入ることにした。

「ああ、それがいいね。それにしても本当にドン・リリも嫌がらせがすぎるよ」


 一カ月前、タンユがヴコールの葬式から帰ってくると、自宅の前で保安官のビショップが待ち構えていた。街中での冒険武器の携帯は原則認められていない。武器携帯許可証がないのに「ブリッツシュラークの剣」を持っていたタンユは、その場で冒険者免許を一発免停にされたのだ。葬儀での騒動の後でドン・リリがすぐに通報したに違いなかった。

「僕が君に債権買取をお願いした件だからってビショップ君には説明したんだけどね。ほら、あの人も頑固だから」

「まぁあれは俺が功を焦って手続きすっ飛ばしたの悪いですし、言い逃れもできない状況でしたから、ゴンさんは気に病まず。むしろすぐに剣を協会本部で保管してもらえて助かりましたよ」

「グズグズしてたらドン・リリがどうせ嫌がらせに偏頗へんぱ弁済の異議申立てしてくると思ったからね。とにかく物だけでもこっちで押さえておかないとと思ったんだよ」

 偏頗弁済とは、債権者(貸主)が他にもいるのに特定の債権者にだけ債務者(借主)が借金を返すことである。ただ、これは金銭の貸し借りの部分の話であるため、例えこの主張が通ったとしても責められるべきは、すでに墓の中のヴコールであり「ブリッツシュラークの剣」の所有権は依然として「誰が」正当な手段で現実に所持しているかが重要だ。


「じゃあ、リカルド君は、ココとココとココにサインしてね。あと冒険者免許証も確認するから一緒に渡してもらえるかな」

「ウッス」

 全く書類を読みもせずに言われるがままにサインするリカルドを見て、タンユは少し窘めた。

「お前、書類はちゃんと読むようにしないと後で痛い目見るぞ」

「え!? ゴンさん悪い人だったんすか!?」

 アッハッハッハ、とゴンさんは豪快に笑った。

「こりゃ一本取られたな。でもリカルド君、彼の言うとおりだ。悪い奴じゃなくても自分に有利な契約をしようとする奴は多い。気をつけなさいね」

「ウッス」


 トントンとゴンさんは机の上で武器登記に必要な書類を整えると、書類の束の上にリカルドの冒険者免許証を置いて右手を、そして剣へ左手をかざした。すると横三本の青い光が書類の束と剣を拘束するように走る。これは証文魔術といい、証文魔術は物に様々な情報を刻むことができる。氏名や日付だけでなく書類の正本、副本の証明に手続き履歴なども刻むことができるので、事務職をする人には必須の魔術だ。


 ちなみに証文魔術を人間に施すのは人道上の問題で大昔に禁止されている。ただ、重犯罪者の一部は、刑罰の一種として刻まれることがある。あと最近は若者たちの間で自分たちで「恋人の契り」や「親友の契り」など掛け合うのも流行っているらしいが、解除するには病院の呪術解除専門の医師に診てもらう必要があるので、「気軽な証文、ゼッタイダメ!」という啓蒙ポスターがよく街中に貼ってある。

 また、その他の動物への証文魔術自体は禁じられていないが、最近は動物愛護の精神が強まってきているので、それに伴い獣使いテイマーの数は年々減ってきているらしい。


 証文が刻まれた書類の上から、リカルドの冒険者免許証を外して本人に返そうとしたゴンさんはリカルドの名前以外の情報を読んで感嘆の声をあげた。

「すごいな。こんな冒険者免許証、始めて見たよ」


 俺にも見せて、とタンユが手を伸ばす。基礎能力評価欄を見て、ギョッとした。


剣術 SSS

弓術 S

槍術 SS

---------

騎乗 S

体術 B

通魔力 B


 評価は、通常A~Dの四段階で評価され、規格外の場合はまとめてS評価とされる。B以上がついている分野が一つでもあれば概ね冒険者としての資質は上位クラスと言え、「S」があるルーキーが来たら各ギルド争奪戦になるレベルだ。それくらい「S」自体が非常に稀な評価である。

 その規格外評価の「S」が四項目もついていることも十二分に異常だが、それよりもS以上の評価がついている冒険者免許証なんて見たことがなかった。S以上を正確に測るには王都にある専門機関まで行く必要がある。


「あー俺、聖騎士パラディン学校の卒業なんですよ」


 聖騎士学校……正式には、王立聖騎士養成大学校。

 聖騎士団は、冒険者ギルドのような民間組織ではなく、有事の際に鎮圧に向かう国王直属の軍隊であり、王立聖騎士養成大学校はその中でも士官の養成所である。


「なんか冒険者免許の申し込みの時に、公的機関の卒業証書に必要事項の記載があるなら、試験免除って言われて~。あ! これ行けるんじゃね? って感じで」


 へへッとなんでもないことのようにリカルドは言い放ち、タンユとゴンさんを呆然とさせた。


 なお、もう勝てるところが素手喧嘩ステゴロと身長以外残されていないと、絶望したタンユが脚の長さは変わらないどころか向こうの方が若干長いことが発覚してさらに打ちひしがれるのは、また数日後の話。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る