第6話 男巫(おとこみこ)


男巫おとこみこだと! 本当なのか、ソーマ!?」


「あ、はい。これにはそう書いてあります」


「まさか、治療士の上級職である男巫おとこみことはな……」


 本当は更にその上の最上位職である聖男せいだんなんだけど……


「あの、男巫おとこみこって何か問題のあるジョブなんでしょうか?」


「いや、そんなことはない、むしろとても貴重で素晴らしいジョブだ! そもそも治療士というジョブは男性にしか現れず、その中でもかなり希少なジョブになる。


 このあたりの街でも治療士のジョブを持つ男はたったひとりしかおらず、その上級職である男巫おとこみことなると、この国の中でたったひとりしかいない」


 ……おう、思ったよりもヤバいジョブだったらしい。


「治療士のその最大の特徴は回復魔法と聖魔法を使えるところにある。特に回復魔法だけは治療士のジョブを持った者にしか使うことができない」


「えっ!? 普通の人は回復魔法を使えないんですか?」


 定番の異世界ものやゲームなら回復魔法は大半の者が使えていた。


「ああ。ここにいる冒険者達は薬草を加工したポーションというものを使用しているが、その効果は治療士が使える回復魔法とは雲泥の差だ」


 ……マジかよ。ファンタジーな世界なのに回復魔法がないとか、この世界ハードモードすぎませんかね?


「もちろんソーマを疑っているわけではないのだが、試してもらってもいいだろうか?」


「はい、もちろんです」


 ターリアさんはナイフを出して右の親指を少し切る。そこから赤い血が流れ始めた。……そうか、試すってことは傷付けないといけないのか。


「治療士ならばヒールという回復魔法が使えるはずだ。試してみてくれ」


「はい、やってみます」


 とはいえ当たり前だが俺に魔法を使った経験などはない。フロラが盗賊を捕まえる時に拘束魔法を使っているのを見たことがあるだけだ。本当に回復魔法を使えるのだろうか?


 ターリアさんの血が出ている右手親指に向けて両手を向ける。そして心の中でその傷が治るように想いを込める。


「ヒール!」


「おお!」


 俺がヒールと唱えた瞬間にターリアさんの親指がわずかに光り、一瞬でその傷痕が消えていった。


「やった、できた!」


 これが魔法を使う感覚なのか。なんだろう、自分の中にあるエネルギーのようなものを他の人に分け与えるみたいな感覚だ。


「す、すげえ! これが回復魔法か!」


「本当に傷が塞がっている!」


 親指の小さな切り傷を治しただけなんだけどな。でも俺も驚いている。これが魔法か!


「う〜む、初めて回復魔法を使って魔法が発動するとはこれが男巫おとこみこの力なのか! ソーマ、お願いがある!


 この冒険者ギルドには大きな怪我人が運ばれることがある。その者達を治療してくれないだろうか! もちろん報酬も支払う。それだけの力があれば、国に仕えることになるかもしれないが、それまでの間だけでもたのむ!」


 おお! もしかしてお金もなんとかなるのか! それに回復魔法を使って治療をするだけなら、戦闘をして大怪我をしたり、命を落としたりすることはないはずだ。でも国に仕えるとか面倒事になる予感しかしない……それについては保留だな。


「ええ、分かりました」


「これはありがたいな! エルミー、フェリス!」


「「はい!」」


「これよりAランク冒険者パーティである蒼き久遠に緊急依頼を要請する! ソーマの警護を24時間態勢で行ってくれ! 報酬は規定の最高額を用意する。彼を害するような者が現れたら叩っ斬れ、私が許す!」


「「「はっ!」」」


 ……なんだかいきなり物騒な話になってきた。


「さすがにそれは大袈裟じゃないですか?」


「いや、治療士ですら狙われるのにそれよりも上級職である男巫おとこみことなればその身柄を狙う者も大勢いるだろう。


 だが、彼女達があんたの身を守ってくれるさ。この冒険者ギルドでも屈指の実力の冒険者だし、男にも淑女的に対応してくれると評判だから安心してくれていい」


 そのあたりは信用できる。今思えば彼女達に出会った時に、もし彼女達が俺を襲おうとしていたら力の弱い俺にはなす術はなかっただろう。


 いや、むしろみんなだったらこちらからお願いしたいくらいだ。……くそっ、また命の恩人によからぬことを考えてしまった。煩悩退散!


「ええ、皆さんのことは信用しています。すでに魔物や盗賊から助けてくれましたし」

 

「ああ、私達に任せてくれ!」


「よろしくお願いします」


「うん、先にあんた達が出会ってお互いのことを知っていたのは運が良かったかもしれないね。それともうひとつ、ソーマが男巫おとこみこのジョブであることはできる限り秘密にしておいてほしい。治療をしてもらう際は別室で行い、他の者にもできる限り口止めをしておく」


 そうだな、できる限りは俺も秘密にしておきたい。人に狙われるなんて、まっぴらごめんだ。


「わかりました」






「それじゃあ、市場に寄ってソーマの生活用品を買って帰るとしよう」


「はい、ありがとうございます」


 あのあと盗賊を引き渡していたフロラと合流して詳しい状況を説明した。そういえばフロラは嘘がわかるんだったよな。本当は俺が聖男であることはバレないようにしておかないと。


 そして俺は蒼き久遠のパーティハウスにお世話になることに決まった。普通の宿屋に泊まるよりも、立地的にも安全とのことだ。女性3人の家に泊まることは大丈夫かと聞かれたのだが、むしろ俺のほうが大丈夫なのかと聞きたいくらいだった。


 ギルドマスターのターリアさんと話をして、後ほど治療士のことについてまとめた資料をパーティハウスにまで持ってきてくれるらしい。治療士に何ができるのかを俺もしっかりと把握しておかないといけないな。


 このあとは3人に護衛してもらいながら、俺の服を買いに市場までついてきてもらう予定だ。さすがに男物の服を女性が買うわけにはいかないらしい。……相変わらずこっちの世界の人の感覚はよく分からない。


「頼む! 誰か助けてくれ!!」


 冒険者ギルドを出ようとギルドマスターの部屋から出口に向かう時、大きな声が冒険者ギルド中に響き渡った。

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