第47話 初めて鏡を見ました(イケメン?)

第二章 葡萄の国と聖女(47)



47.初めて鏡を見ました(イケメン?)



「ゆっくり休んでね、ウィン君。」

「ありがとうございます。」


薬草を銀貨1枚で買い取ってもらった後、アリーチェさんが来客用の部屋まで案内してくれた。

ベッドに小さなテーブルと椅子、衣装棚と物置棚。

小ぢんまりとして清潔でシンプルな部屋だった。


(従魔たち、どうしてるかな?)


ベッドに腰掛けて、そんなことを考える。

ちょっと転移すればすぐに小屋に帰れるのでそうすればいいんだけど、これだけお世話になって部屋まで用意されると、こっそり抜け出すのは何か後ろめたい気がしてしまう。


それにこの国「コロンバール」に来てからまだ半日も経っていない。

ホームシックになるには早過ぎる。

初めて島を出て、初めて人間に出会い、初めてお酒を飲んで、初めてたくさんの会話をした。

だからとても長い時間が過ぎたように感じてるけど、実はほんの少しだ。


(明日、ギルドに行こう。その途中で一度、島に戻ろう。)


今夜は、マッテオさんとアリーチェさんの好意に甘えて、このままこの部屋に泊まることにした。

そして明日の昼間に従魔たちの様子を見に行くことにする。


ベッドから立ち上がり窓辺に歩いて行く。

窓を開けると、静かな夜の中、葡萄畑が広がっている。

窓辺にもたれて外を見ながら、風のクエストを練習する。

個数制限が解除されているので、一度に出せる風の数を徐々に増やしていく。


(風は目に見えないから、制御が難しいな。)


今は夜の闇に向かって風を吹かせてるので、それこそまったく見えない。

かと言って、葡萄畑に向けて風を発生させて葡萄を傷付けるわけにもいかない。

本格的な練習は、島でするしかないかな。


それでも頑張って、500回まで練習して規模制限を解除できた。

個数のほうも、同時に10個の風を出せるようになった。



○風クエスト

 クエスト : WIND

 報酬   : 風(NO LIMIT 個数・規模)

 カウント : 500



(さあ、寝ようか。)


ワインの酔いと新しい一歩を踏み出した興奮と少しの不安を心に抱いて、僕は眠ることにした。



   *   *   *   *   *



朝はスッキリと目覚めることができた。

島でもだいたい日の出と共に起きていたので、今日も早起きだ。

でも葡萄農園の動き始めは早いようで、既に外に人々の気配がする。


(とりあえず、顔でも洗おうかな。)


昨夜、アリーチェさんが部屋に案内してくれる時に、トイレと洗面所の場所を教えてくれていたので、来客用の部屋を出てそちらに向かう。


洗面所の扉を開けると、水を溜めた大きな甕と柄杓のようなものと洗面台があった。

水をすくって洗面台に向かうと、目の前に鏡があり、その中に初めて見る人の顔があった。


黒髪に黒い瞳、彫りの深い顔立ち。

前の世界の基準で考えると、「イケメン」なのかな。

この世界での評価はよく分からないけどね。

何日も島で過ごしたけど、髭は生えていない。

そういう体質なのか、この世界ではそういうものなのか。


鏡を見ながら他人事のようにそんな事を考える。

見慣れてないので、いまいち自分の顔だという実感が湧かない。


柄杓の水を左手で受けて、口に含んでうがいをする。

水を洗面台に吐き出して、柄杓でもう一杯水をすくおうとして、思い直して柄杓を甕の上に置く。


「水」


声に出してそう呟くと、お椀型にした両手の中に水が現れる。

その水で顔を洗い、洗面台に置かれていたタオルで顔を拭く。


(そういえば、小屋にタオルって無かったよね。後で買い込んで持って行こう。他にもいろいろ買いたいものあるだろうな。あっ、でもその前にお金か。)


もう一度鏡で自分の顔を確認して、洗面所を出る。

昨日の記憶を頼って、廊下を歩き階段を降りる。

レストランに顔を出すとアリーチェさんがカウンターで作業をしていた。


「おはようございます、アリーチェさん。」

「あら、おはよう、ウィン君。もっとゆっくり寝てて良かったのに。」

 

アリーチェさんは包丁で何かを刻みながら、笑顔で挨拶を返してくれた。仕込みをしてるのかな。


「おかげさまで、ぐっすり眠れました。ありがとうございます。」

「それは良かったわ。朝ごはん出すから、適当に座って。」


これだけお世話になって変に遠慮するのも逆に失礼かなと思い、素直に座ることにした。

食事は既に準備されていたようで、アリーチェさんはすぐにお皿を持ってきてくれた。


「足りなかったら言ってね。」


テーブルに置かれたお皿には、野菜とスクランブルエッグとソーセージが盛り合わせになっていた。

一緒に置かれたグラスには白ワインのような液体。

まさかと思って一口飲むと、葡萄ジュースだった。

さすがに朝からアルコールは飲まないよね。


「いただきます。」


両手を合わせてそう言って食事を始めると、カウンターに戻りかけていたアリーチェさんが振り返って質問してきた。


「それ、ウィン君の国の食前のお祈り?」

「お祈りというより、感謝ですね。」

「感謝?」

「食事ができること、食事の素材を作ってくれた人、料理をしてくれた人、そういうすべてに対する感謝って感じです。」

 

アリーチェさんは少し考える顔をしてから言った。


「それ、いいわね。私たちにも食前の祈りってあるけど、ちょっと長いし面倒だから、よほど信心深い人以外は省略しちゃってるし。そもそも神に対する感謝で、人は含まれてないし。」

「そうなんですね。あっ、そういえば昨日はちょっと混乱していて、忘れてたかもしれません。」


昨夜はご馳走になりながら、「いただきます」も「ごちそうさま」も言ってない気がする。


「いいわよ、そんなこと気にしないで。それから、ウィン君、ひとつお願いがあるんだけど。」

「なんでしょう?」


いきなり「お願い」とか言われると、ちょっと緊張する。


「そのしゃべり方、丁寧すぎるわ。もう少しくだけてくれないかしら?」

「えっ?」

「距離を感じて悲しくなるじゃない。」

「分かりました。努力します。」


すぐに改善できる自信はないけど、努力はしてみようと思う。

会話のついでに、聞きたかったことを訊いてみる。


「アリーチェさん。黒髪に黒い瞳って、この国だと珍しいですか?」


アリーチェさんは僕の質問を聞いて、少し真面目な顔になる。


「そうねぇ、正直に言うと私は初めてね。少し目立つかもしれないわ。でもまぁいろんな人種、いろんな種族がいるから、どこか遠くから来たのかな程度だと思う。」


やっぱりちょっと特殊なのかもしれない。

でも変えたくても変えられないので、気にしないことにしよう。

あっ、もしかするそのうち見た目を変えるクエストとかも出てくるのかな?


…そのうち・・・あるかも・・・しれません・・・…


ありそうな、感じだね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る