第45話 酔いに任せて質問します(記憶喪失)

第二章 葡萄の国と聖女(45)



45.酔いに任せて質問します(記憶喪失)



誰にでも何でも話していいとは思っていない。

でも隠し事だらけで窮屈な生き方もしたくない。


行ける所にはどこにでも行く。

できることは何でもする。

会いたい人には会う。

会いたくない人には会わない。

好き嫌いは大事。

正義とか使命とか必要なし。

常に前向き。

間違えたらやり直す。


とりとめもなく、そんなことを考えている。

これ、結構酔ってるかもしれない。


マッテオさんとアリーチェさんは、まだ普通に飲んでる。

夫婦で楽しく会話しながらお酒を飲む。

その光景を見ていると、こちらまで幸せな気分になる。


夜になって葡萄畑から吹いてくる風が心地良い。

海の風と質が少し違う。

大地と緑の香りを包み込んだような風。

思わず深呼吸して胸いっぱいにその匂いを取り込む。


「ウィン君、大丈夫かい?」

「はい、気持ちいいです。」


マッテオさんの問いかけに素直に答える。

そして感じたままに喋り出す。


「マッテオさん、聞きたいことがいっぱいあります。」

「なんだい?知ってることなら答えるぞ。」

「その前に話しておかないといけないことがあります。」

 

マッテオさんが楽しげな顔から、少し真面目な表情になる。


「話したければ話せばいいが、無理はしなくていいぞ。」

「無理は、してないと思います。ただ、話しておかないといろいろ質問がしにくいので。」

「わかった。じゃあ話してみろ。」


そこでもう一度考える。

本当に話していいかどうか。

でも今ダメなら、いつならいいのか。

マッテオさんがダメなら、どんな人ならいいのか。


隠れて生きることはしないと決めた。

堂々とこの世界を楽しみたい。

所詮、人との出会いも物事の巡り合わせも運任せ。

それならこの世界で初めて出会った人に賭けてみたっていいんじゃないかな。


間違えたら、やり直せばいいんだし。


「実は、記憶がありません。」

「そうか、それで?」


驚くこともなく、不審な顔をすることもなく、不自然に間を置くこともなく、マッテオさんは普通に返してきた。

一瞬、言葉を間違えたかなとこちらが戸惑うほど普通だった。


「記憶がないので、いろいろなことが分かりません。」

「それは困るな。何でも訊いていいぞ。葡萄農園の親父だから、知ってることは限られるがな。」

「そうよ、ウィン君、何でも訊きなさい。」     


あれ、いつの間にかアリーチェさんも参加してる。

マッテオさんの隣に座ってる。

しかもアリーチェさん、心なしか瞳がキラキラしてる気がする。


「すみません、自分で言うのも変ですが、こんな話、信用できます?突然記憶喪失とか言い出したら、困りません?」

「何を言ってるの?ウィン君を疑うわけないじゃない。新しい友人ができて、一緒に楽しくお酒を飲んで、その友人が記憶喪失って、こんな話、最高じゃない!」

「まあ、アリーチェの、言う通り・・かな。」


マッテオさんと比べて小さいと思ったアリーチェさんが、なんか大きく見えてきた。

マッテオさん、頑張らないと押されてるよ。

さあ質問しなさい、というアリーチェさんの圧がスゴいので質問を始めさせていただきます。


「まず、ここはどこでしょう?」

「ここは、コロンバールという国よ。ワイン造りが盛んで『葡萄の国』って呼ばれてるの。ドワーフの国だけど、私みたいな他の種族も住んでるわ。」

「ドワーフの方々って、みなさんマッテオさんみたいな感じですか?」

「大きさっていいう意味ならだいたいそうね。男性も女性も大きいわ。もちろん個性は人それぞれだけど。」


マッテオさん、口を挟む隙がない。

全部アリーチェさんが答えてくれる。

この国はドワーフ族が大半で、他の種族はそれぞれ少数らしい。

周辺にはヒト族、獣人族、エルフ族の国もあるけど、どの国にも他種族の人たちもいるとのこと。

他にも少数民族は多数存在するそうだが、アリーチェさんやマッテオさんはほとんど遠出しないので詳しくないらしい。


「魔物はいるんですか?」       

「いるわよ。人里にはあまり近付いて来ないけど、森や山には普通にいるわね。場所によっては強いのもいるから気をつけてね。」

「葡萄畑は大丈夫なんですか?」

「一応魔物避けの効果がある柵で周りを囲んでるの。普通の魔物は乗り越えられないわ。まあ万能じゃないけどね。畑の心配してくれてありがとう、ウィン君。」


アリーチェさんにお礼を言われた。

マッテオさんは彼女の隣で、大人しくワインを飲んでいる。

主導権は完全にアリーチェさんだと理解しました。


「人の鑑定をすることは、失礼なことですか。」


二人の鑑定を勝手にしてしまった罪悪感もあり、訊いてみた。

アリーチェさんはちょっと驚いた顔をして言った。


「ウィン君、人物鑑定できるの?」

「できるようになったというか、なりつつあるというか・・」

「すごいじゃない。できる人って少ないのよ。」

「そうなんですか?」

「鑑定って、いろいろ種類があるんだけど、人の鑑定が一番難しいらしいわ。私たちのも見えた?」

「はい、すみません。」

「別にいいわよ。隠すこともないし。あっ、でも年齢バレちゃった。」  

       

アリーチェさんは笑いながらそう言った。


「でもたまに怒る人もいるから、こっそり見た時は、言わないほうがいいかもね。」


鑑定の話をしてしまったので、さらに訊いてみる。


「魔力って、誰でもあるんですか?」

「そうね、魔力0っていうのは聞いたことないわね。ほとんどない人からとっても多い人までいろいろ。訓練で増えることもあるそうだけど、基本的に生まれ持ったものみたい。」

「魔力量の基準ってどんな感じですか?」

「普通の人は50くらいまで。100超えると魔術師を目指す感じ。1000まである人は滅多にいない。伝説だと1万超えって話もあるらしいけど。」


「魔法を使える人はどれくらいいるんでしょうか?」

「簡単なものを使える人は割といると思うけど、私たちのレベルだと魔法と能力の違いもよく分かってないのよね。本格的に魔法を使おうと思ったら、専門に勉強したり厳しい訓練をしないとダメみたい。」


「ところで、ウィン君。」


静かだったマッテオさんが急に会話に入ってきた。

ここまでこちらが訊くばかりだったけど、二人にしてみれば当然僕に対する疑問がたくさんあるだろう。

何でも素直に答えよう、そう思ってマッテオさんのほうを見た。


「お金、持ってないんじゃないのか?」


ちょっと予想していたのとは違う角度から質問が来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る