お姫様ごっこ(後半)

 貴船神社へ連れて来られた比奈乃たちは身動きができないよう両手両足を縛られ拘束されていた。

 

「高等陰陽術のバク、メスガキ如きでは解除できぬよ」


「このっ! 離せ! くぅ!」


「静ちゃん、この縛っていう術は動けば動くほどキツく締まるから、あまり動かないほうがええよ」


「赤髪のメスガキよ、陰陽術に詳しいじゃないか。そういうこった、動きすぎると身体が千切れるぜ。大人しくしてることだな」


 捕縛用陰陽術「縛」、縄のようなしなやかさから鉄のような硬さまで術者の意図で変えることができ、この日本においては罪人を拘束する手段として鉄格子以上に広く活用されているものである。

 そして巴や静と同じように縛によって拘束されている比奈乃は……。


 ニヤニヤ


 何故か嬉しそうだった。


(ふぅん、牢屋に閉じ込められるんじゃなくてこんな雑な捕らわれ方もあるのね。もう、お婆ちゃんったらいつの間にあんなエキストラの陰陽術師を雇ったのよ? それにしてもナイトに扮したおばあちゃんが来るまで退屈だなぁ……)


 そう、これを囚われのお姫様ごっこだと思っている比奈乃は全く怖がっておらず、むしろ楽しんでいたのだ。


「なぁ、巴。お前の力じゃ解除できないのか?」


「安心しぃ、もう解除済みや。少し力を入れるだけで簡単に壊せるで。でも、今はまだ掴まってるふりをしとくほうがええと思う。目の前にはお侍さんが3人、静ちゃん何人程度なら突破できそう?」


「そうだな……大人2人なら何とか」


「そっか。うちとヒナちゃんは戦力外やし、1人がどこかへ行くまで待つべきやな」


 それを聞いていた比奈乃は考えた。

 

(そうか、この2人はあたしの側使え役なのよね。側使えに守られながら逃げるって展開も面白そうかも。そして、接戦を繰り広げるが力尽き最後には悪党に追い詰められピンチになったところをナイトが助けにくる……きゃぁぁぁ、これだわ! うん、これがいい! お婆ちゃんはいつもあたしに上手く合わせてくれるし、これならいける!)


 比奈乃も美心ほどではないが厨二病を拗らせている。

 それもすべて幼い頃から異世界転生モノを聞かせていた美心の影響であった。


「はぁぁぁ、人質交換の時間はいつだったか?」


「子の刻だ。もうしばし待て」


 子の刻とは現在で言う午後11時から午前1時の間のことである。

 時は過ぎ人々が寝静まる頃、それはやってきた。

 相手はプラスサイズの身体に黒服を身に纏っている。

 如何にも悪徳商人といった様相だが特徴的なのは右半分の顔を覆い隠すハーフマスクだった。

 それを見た比奈乃には衝撃が走った。


(な、何……あのマスク!? 如何にも悪役ですって感じがしてかっこいい! お姫様ごっこが終わったら後であの仮面貰おうっと)


 顔半分を隠すマスク、如何にも厨二病が好みそうなアイテムだけに注視しており、商人自体にはまるで興味が沸かなかった。


「ぐぇっへっへっへ、この娘があの憎き春夏秋冬財閥の御令嬢ですか?」


「へい、そして春夏秋冬美心の孫です」


「ええ、そうです、そうですとも! 協力者の私としても……あああ、思い出しただけでも忌々しい!」


 祖母の名前を放ったことによって比奈乃はある考えがよぎる。


(お婆ちゃんの知り合い? そ、そうか!? これも設定なんだわ。お婆ちゃんは設定を深くするほどごっこ遊びにもより味が出るって言っていた。きっと私が考えた内容は単純だから、お婆ちゃんが真のごっこ遊びを教えるために囚われのお姫様ごっこを考えてくれたのよ、うん。そうに違いない!)


 ますます妄想を悪化させるだけであった。

 そんな比奈乃のことは放っておいて商人と侍は話を続ける。


「ううん、この2人は?」


「この御令嬢と一緒にいましたので仕方なく」


「そうですか。ほぅ、よく見ると2人ともお美しい。南蛮人には高値で売れそうですな。なんせ日本人女性はフェアリーと呼ばれて重宝されておるようですから」


「フェ、フェアリーとは?」


「妖精という意味だそうですよ」


 商人の両側には筋骨隆々な体格の男が2名、商人を守る護衛である。


「な、なぁ……人が減るどころか逆に増えちまったぞ。しかも3人ってさ……」


「ほんま困ったで」


「では取引を始めましょうか。ここに例の物が入っておりますぞ」


 商人が渡したのは大きめのアタッシュケースだった。

 隙間から黒い靄が出ているが中身がどんなものかは分からない。


「おお、これでようやく我が復讐も目処が建てられそうです」


「ぐえっへっへっへ、期待していますよ。では御令嬢はいただいていくとしましょう」


 比奈乃は勝手に設定を考察し始める。


(ナイト様に壊滅された魔王軍の残党が私を攫い協力者に引き渡す? この協力者は商人の格好をしているし……あんな仮面を付けていることから悪徳商人ってだけでは無いと思う。他にも秘密があるんだわ。お婆ちゃん、設定が難しすぎて分からないよ~~)


「この2人はどのように?」


「人身売買の手続きが必要なら用意しましょうか?」


「ええ、我らにはそのような伝手が無く……」


「ぐぇっへっへ。なら、こちらで済ませておきましょう」


「かたじけない」 


「きゃっ!」


「触んな!」


 商人の護衛に米俵を抱えるかのような持ち方で巴と静は荷馬車へ運ばれていく。

 そして比奈乃は商人に手を引っ張られ車に乗せられようとしていた。


(んもう、お婆ちゃんったらいくら何でも遅すぎる。もしかして、私達が逃げる展開を待っている? そうか、その展開のほうが燃えるし……うん、そういうことなら)


 バチィィン


 比奈乃は縛っていた陰陽術を解き商人から手を振りほどく。


「陰陽術、スイ!」


 バシャァァァン


 商人の顔にめがけて水球が飛ぶ。

 その様子を見ていた巴と静も今しか無いと思い自分を縛っている陰陽術を解く。


「さすがヒナだ!」


「2人とも相手にしちゃあかんよ。逃げんで!」


「うん!」


「おう!」

 

 突然の出来事に悪党らは呆けたおかげでその場を抜け出すことが出来た。

 急いで坂を下る比奈乃達。

 

 ニヤニヤ


 比奈乃は今の展開に満足しているようで笑いが止まらないようだった。


「ヒナ、こんな時に何を嬉しそうにしているんだ?」


「だって、こんな展開燃えるでしょ! うへ、うへへへ……楽しいぃぃぃ!」


「ヒナちゃん……恐怖のあまり頭がおかしくなったんちゃう?」


 だが相手は大人でまして侍である。

 体力的には敵うはずもなく徐々に距離を縮められる。


「もうすぐだ! なんとしても捕まえろ!」


「春夏秋冬財閥の令嬢だけは絶対に傷付けるな!」


「ええい、何をしているんですか! 助さん格さん、貴方たちも出なさい! 商品はどうなってもかないませんから!」


「御意」


 護衛の2人が後に走り出したにも関わらず侍を追い抜かし比奈乃を捕まえる。


「ひゃっ!」


「この、ヒナを離せぇぇぇ!」


 ガンッ


 落ちていた木の棒を拾い得意の剣術で攻撃する静。

 だが、護衛2人の筋肉の壁では歯が立たない。

 

「静ちゃん、炎を付与したる!」


「おう、頼む!」


「陰陽術、! エン


 ボッ!


 静の持っている木の枝が激しく燃え上がる。

 エンチャントのため木の枝が炭になることは無い。


「ヒナを離せ、この筋肉達磨!」


「ぬぅぅぅん!」


 ゴッ


 もう一人の護衛が躊躇なく子どもである静の腹部に強烈なストレートを浴びせる。

 

「ごふっ!」


 静は吹き飛ばされ近くの大木に強打し意識を失う。

 それを見ていた比奈乃は……。


(えっ、静ちゃん……あんなに口から血が? そうか、車に乗っている時に私に気付かないよう信濃条から血糊を渡されていたんだわ。なんてリアルな戦闘なのかしら! さすがお婆ちゃんの設定は凝っているわ!)


 友達の様子を全く心配していなかった。

 そして巴も頭を捕まれ、護衛の無慈悲な攻撃で意識を失う。


(きゃぁぁ! ついに来たわ、この展開! 捕らわれの姫が側使えと逃げ出し最後には再び掴まる。2人ともやられたふりがリアルすぎるのも凄い! 今度から巴ちゃんと静ちゃんも誘ってままごとしようっと♪)


「こ、このメスガキが余計な手間をかけさせやがって!」


「傷を付けてはいけませんよ。いやいや、鞍馬寺近くまで逃げるとは中々でしたな。しかし、我らも丁度帰り道……手間が少なくなったと思えば良いでしょう」


「かたじけない松平殿」


「いえいえ、芹沢さん復讐の成功を心待ちにしておりますよ」


 再び縛で拘束され荷馬車に積まれる巴と静。

 そして比奈乃も同様に両手両足を縛られ荷馬車に積まされる。


 ニヤニヤ


「薄気味悪いガキだ。何を笑っていやがる」


 比奈乃の興奮は最高潮に達していた。

 この大ピンチの中、華麗に助けに来る美心はどのように登場するのか、楽しみで仕方が無かったのだ。


「では助さん格さん参りましょう」


「御意」


「俺たちは貴船神社へ戻り儀式を行うぞ!」


「はっ!」


 馬が車を引き鞍馬寺の境内に入った時だった。

 商人の目の前に黒い人影が立ち塞がる。


 ピタ


 馬は本能で危険を感じ足を止める。


「どうしたのです?」


「ひ、ヒヒィィィン!」


 馬を走らせようと商人が試みるが馬は頑なに拒否し続ける。


 コッコッコッ……


「何奴?」


 比奈乃は頑張って身体を起こし前方を見る。

 

「な、ナイト様! 助けに来てくれたのですね!?」


 比奈乃はノリノリで捕らわれのお姫様の演技をする。

 

「ナイト様? 単なるババアではありませんか! 邪魔をするなら誰であろうと容赦しませんよ!」


「俺の可愛い孫とその友達を攫って、さらに俺をババア呼ばわり……比奈乃と同じ学校の誼で即死程度に済ませてやろうかと思っていたが、どうやら苦痛を味わいたいようだな?」


「即死? 何を言っているのです! ええい、助さん格さん、そのババアをやってしまいなさい!」


(キタ――! ナイト様が華麗に姫を助けるシーン。これは激アツ展開! でもお婆ちゃん、ナイトのコスプレしていないじゃないの! プンプン! これはちょっと不満ね! ナイトなら甲冑を着て西洋刀を持ってきてくれないと迫力が無いわ!)


 比奈乃の思うナイト様は凄く偏っていた。


「御意」


 ギュン


 助さん格さんと呼ばれる護衛2人は並大抵の人間では無かった。

 その巨体に似合わず圧倒的な速度とそこから繰り出される攻撃、境内が戦場となる。

 

「なんだ……こいつら、本当に学生か!?」


 どう見ても学生ではない。

 だが、美心はこの誘拐事件を学生の仕業だと勘違いしている。

 ワンパン一つで方を付けられるだろうと予測していたのだ。

 その考えが油断を招き徐々に追い詰められていく。


「はぁはぁはぁ……」


(お婆ちゃんが苦戦している!? そうか、強敵相手に激戦の末お姫様を助ける展開ね? お婆ちゃんも演技が上手いんだからちょっと心配しちゃったじゃない)


 比奈乃の心配は他所に本当にピンチであった。

 美心の屋敷は伏見区にあり、そこから北西の鞍馬山まで30キロ以上。

 それを怒りに任せ老体で走ってきたのが災いとなっていたのだ。


「ぐぇっへっへっへ、ババア如きがこの2人に敵うとでも思っていたのですか? さぁ、助さん格さん止めを刺してやりなさい!」


「御意」


 護衛2人が前後から美心に襲いかかる。

 そして同時に拳を振る。


 ドゴォォォン!


 護衛2人の拳が重なり、そこに美心の姿は無かった。


「逃げたのですか? ぐぇっへっへっへ、なんとまぁ無様な。助さん格さん、さっさと馬を走らせて帰りますよ」


「御意……ぐはっ!」


 ドサッ


 突如、護衛の1人が口から血を吐き倒れる。

 腹部には巨大な穴が空いていた。


「まったくよぉ……いつか来る魔王のために力を貯めていたのに力を解放せざる得なくなってしまったじゃないか」


 鞍馬寺の立派な山門の上に黒い人影が一つ。

 月明かりに照らされ見えるは1人の美しい女性だった。


「お婆ちゃん……力を解放したの!? 凄い、こんなごっこ遊びでそこまで本気に」


「あ……あああ! なぜ、ここに……」


 商人は恐怖に怯えた表情で山門を見上げる。


「ああん、俺を知っているのか?」


「その顔、忘れてたまるものか! 春夏秋冬美心!」


「ま、俺も色々と恨みを買っているからなぁ。どちらにしてもてめぇが俺の可愛い孫に手を出した罪は償ってもらうぞ! ヒャッハァァァ!」


「助さん、あいつをなんとしてでも止めなさい!」


「御……ぶへぇ!」


 山門から飛び降りライダーキックで護衛の頭を吹き飛ばす。

 美心は悪党にかける慈悲など持たない。

 それは0歳の頃から変わっていなかった。

 

「ひ……ひぃぃ! 吾輩の最新式神絡繰人形が!」


「どこの武家か知らんが死んどけ。比奈乃に手を出す学生がぁぁぁ!」


 どこからどうみても太ったおじさんなのだが、美心の目には比奈乃を愚かにもナンパしたゴキブリの一匹にしか移っていない。


「あぶしっ!」


 光り輝く炎をエンチャントした拳が直撃する。

 商人の頭部が爆破し大量の血が吹き出る。


 ブシュゥゥゥ!


「す、凄い……」


「自分の身に陰陽術を付与するなんて聞いたことあらへんで」


 巴と静も目を覚まし、その瞬間を目撃したのだった。

 

「血の雨を降らす乙女……」


「あ、それ! うちも知っとるで」


「うん、あたしのお婆ちゃん! 深い理由は教えてくれないけれど、普段のお婆ちゃんは力を抑制しているみたいでね、その代償として年相応の姿になるんだって。お婆ちゃんが力を解放すると細胞が活性化し最も活動的な16歳前後の姿に戻るんだ」


「それってどう考えても人間ちゃうやろ……ほんまにめっちゃ美人さんやけど」


「ああ、なんて美しく強い女性なんだ……彼女の奪い合いが原因で江戸幕府が禁じている藩同士の戦が始まったほどだ。それも今なら納得できる」


 商人と護衛は境内に倒れ、美心が荷馬車に近付く。


「すまんな、ゴキブリ相手に毎日学校で嫌な目をさせていたみたいで……」


「そんなことよりかっこよかったよ! さすが、お婆ちゃんだね! お姫様ごっこも大満足しちゃった!」


 比奈乃の言葉を聞き、美心はふと思い出す。

 

「んん、お姫様ごっこ? あああっ、思い出した! 今朝、確かに言っていたな……えっ……ってことは、これは比奈乃の考えたままごとだったのか!?」


「お婆ちゃん、次もまた設定の凝ったごっこ遊び作ってね!」


 美心は理解が及ばなかったが比奈乃の前でいい格好をしようと嘘をつく。


「ああ、任せろ! それと友人2人も比奈乃に付き合ってくれたんだな。その怪我を見るに体を張って助けてくれたのだろう。よしっ、合格だ! これからも比奈乃と仲良くしてくれよな」


「え……ええ」


「は、はい……」


 巴と静はあまりにも美しすぎる美心の姿に見とれてしまっていた。

 心ここにあらずな状態で美心の問いに相槌を打つ。


(これが比奈乃の考えたごっご遊びだとは……それだとは知らずになんて恥ずかしい。つい本気を出してしまったではないか!)


「お婆ちゃん、このエキストラさんたちかなり演技が上手かったし殺すには惜しかったんじゃない?」


(そうだった! ままごとならこいつらはエキストラ……まぁ、金を出せば何をしても良い人達だし、後で往生堂へ連絡を入れておくか)


 美心も比奈乃もエキストラの意味をよく分からず、何をしても許してくれる雇用人だと思っている。

 今までのごっこ遊びで被害にあった人物はすでに100を超えていたため、今回3人の死者を出しても特に何とも思わなかったのである。

 そう、この2人のごっこ遊びはまさに狂気そのものなのだ!


「今夜はもう遅いし友人2人も泊まっていきなさい。そろそろ迎えが来るはずだ」


「えっ、そんな!」


「すでに連絡している。もとより今夜は泊まってもらう手筈だったからな」


「ありがとうございます」


「わぁい、巴ちゃんと静ちゃん一緒に寝ようね。もちろん、お婆ちゃんも」


「美心様と寝るやて!? そんな……うち緊張してまうわ」


「美心様、これからも私達を比奈乃様のお側に置いて下さい!」


 巴と静は美心の美しさですでに酔いしれ完全な信徒と化していた。

 そして暗い夜道を迎えに来た式神車で帰路に着くのであった。

 本日のままごと? 鞍馬寺の修理費5000万、死者3名。

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