第九十六話 事の顛末6 恋は人を愚者にする

 クソジジイは肩をすくめる。


「昔から、よくしてやっていたのに薄情だな」


 昔から? クソジジイとは王宮の官吏になることが決まった時に初めて会って、今回のネリーネとの見合いまで何の関わりもなかったはずだ。


 錚々たる面々が俺を配下に置きたがっているからと俺が惜しくなったのだろう。

 俺は、冷ややかな心持ちでクソジジイに対峙する。


「以前もお伝えいたしましたが、王宮の官吏登用の際は配属にお口添えいただいた様ですが、私はもとより学生時代から、王立学園アカデミーにおいて入学から卒業まで常に首位の成績を残し、その成績から国の定める特待生として認められておりました。王宮官吏への登用試験においても実力の下、首席で合格しております」

「おぉ。そうだった」


 以前も似たようなやり取りをしたことを思い出す。

 その時と同じように、クソジジイは俺を小馬鹿にしたような態度だ。


「それに、王太子殿下付きにしていただいたのも、王太子殿下は以前より私めの執筆した論文をお読みくださり私の名をご存知だったことに加え、王国内でも珍しい多言語話者としての能力を高く買っていただき抜擢いただいたからでございます」


 マグナレイ一族であるというのは、確かに有利に働くこともある。

 それでもあくまでも、今自分がここにいるのは俺の実力だ。


 俺は胸を張り、クソジジイと視線を合わせる。

 

「ステファン。お前が王立学園アカデミーの特待生になれたのはなぜか考えたことはあるか?」

「成績が優秀だったからではないのですか……?」

「もちろん。優秀な人材が金銭的な事情が原因で学ぶことができず、何もなし得ないなどというのは王国にとって多大なる損失だ。優秀な人材には国が投資すべきだ。そうだろ? ステファンは優秀だが、お前の実家には家督も継がない四男を王立学園アカデミーに通わせるような金はない。だからステファンを通わせるために口添えをして、特待生の制度を作ったのだ」


 王立学園アカデミーで初めての特待生として迎え入れられ、自分と同じような実家の援助がなく実力を発揮するような舞台に上ることさえかなわない報われない後進が一人でも減るようにと、特待生制度が継続されるように実績を残そうと努力した。

 その特待生制度が、誰からも認められずに報われていないと思っていた自分のために作られたなどと考えたことはなかった。


「ステファンが残した実績のおかげで、いまでは平民であっても優秀な人材が王立学園アカデミーに通えるよう門戸が開かれている。この国の王太子として感謝している」

「王太子殿下……」


 後ろめたい気持ちを察してくださったのか、王太子殿下が俺にそう言って微笑みかける。


「それに王太子がお前の名前をなぜ会う前から知っていたか分かるか?」

「私が書いた論文をお読みいただいていたからです。そのため私が多言語に通じていることもご存知でした」

「ではその論文をなぜ王太子が読んでいたか考えたことはあるか?」


 答えはもう想像がついた。


「私が王太子の教育係をしていたからだ」


 自分の努力ではなく、マグナレイ侯爵の思う通りに物事が進んでいた。

 俺は唇を噛む。


「なぜ、早く仰ってくださらなかったのですか」

「マグナレイ侯爵家当主の意見は絶大だからな。私が目をかけているなんて噂を聞けば、お前に取り入ろうとする馬鹿どもにまつりあげられ尊大な人間になるか、お前を自分の傀儡にしようとする輩にあっという間に食い物にされるかだろうな」


 自然と視線がモーガンに集まる。

 轡を噛まされた口元から唾液を垂れ流しているモーガンは、唸ることもやめて虚ろな視線が中空を漂っていた。 


「それに目をかけていたのはステファンだけではない。自分の子を望めないのだから、後継者足り得る人物を育てるために、それこそ何十年も前から一族の中に優秀な子供がいると聞けば、ステファンにしたのと同じように投資してやっていた。ただ私のもとにたどり着くだけの努力を続けることができたのがステファンだけだったということだ。お前は自尊心と承認欲求の塊だからな」


 マグナレイ侯爵は肩をすくめてふざけたような態度を取ったが、目の奥は優しい眼差しだった。


 俺は一瞬ドキッとした。


「まったく侯爵家の跡取りとして、私のように結婚もせず子供もいないのでは困るから、ステファンには好みの女性と結婚させてやろうとしたが、こんな騒ぎになるならステファンの好みなんぞ考慮してやらなければよかった」


 マグナレイ侯爵はぐるりとここに集まる面々の顔を眺める。


「ほら。恋は人を狂わせ愚者にするだろ」


 俺とネリーネに向けてニヤリと笑うマグナレイ侯爵には白旗をあげるしかなかった。

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