第七十九話 衣装合わせのあと2 最近の婚約者の評判について

 ネリーネの婚礼用のドレスが侯爵家の別邸に届く。


 ネリーネと最後に会ったあの衣装合わせの際、流石に胸元があらわ過ぎるだろうということで手直しを依頼していたのだ。

 マグナレイ侯爵家別邸の使用人たちは年齢層が高い。そのため届いたドレスに騒ぐこともなく、淡々と主寝室のワードローブへと運び込んでいた。


「えっ? ネリーネ様はいらっしゃらないんですか? お会いできると思っていたのに……」


 届けに来た針子の女はネリーネがいないことを確認すると、分かりやすく肩を落とした。


 ネリーネがあれだけ楽しみにしていたドレスの受け取りだ。俺だって今日こそは会えると思っていた。

 もちろん、マグナレイ侯爵家別邸に届くから一緒に受け取ろうと手紙だって抜かりなく出している。

 その返事にミアが代筆した断りの手紙が届いて、立ち直るのに俺がどれだけの時間を有したと思っているんだ。


「残念だったな。今日はこちらに来ていないのだ。店舗の準備の件でネリーネと話したいことでもあったのか?」

「いえ、店舗の話はあらかた終わってるし、ネリーネ様にご紹介いただいた方々にも沢山ご依頼いただいて、順風満帆なんてもんじゃないです。本当によくしていただいて、まさか王太子殿下のご婚約者様をご紹介いただけるなんて思ってもみなかったです。ただ、ネリーネ様と最近お会いできていなくて本当に心配してるだけなんです。お具合でも悪いんですか」

「いや、具合が悪いとは聞いていない」


 そう聞いた針子の女はホッとした様子を見せた。


 感じの悪かった針子の女はいつのまにかネリーネに心酔している。


 そりゃそうだ。


 ネリーネは王太子殿下の婚約者様を通じて海向こうの隣国イスファーンのお姫様だとか、公爵家のご令嬢だとか、国内最大の商会の若奥様だとかといつのまにか親しくなっていた。ロザリンド夫人のサロンを継ぎ、そこで出会った女性実業家や投資家とも親しくしている。


 相変わらず派手なネリーネを『毒花令嬢』と揶揄する声はあるが、ネリーネを馬鹿にするような奴らは、何もせずとも領地から勝手に金が生まれてくるとでも思っているような旧態然とした貴族ばかりだ。

 富を得るということを理解しているネリーネの新しい友人たちは、みなネリーネのことを馬鹿にしたりしない。


 ネリーネが針子の女を自分のサロンに呼んで親しくしている女性たち相手に熱心に紹介したことで、まだ服飾店メゾンを開く前だと言うのに大量の依頼が舞い込んでいるという。

 目の前の針子の女は一気に新進気鋭の服飾店メゾンのマダムとして脚光を浴びるのは間違いない。


 そして、その服飾店メゾン後援者パトロンがネリーネであることはすぐにわかるだろう。


 あの婚礼用のドレスを着る日……つまり、俺と結婚をする日は、ネリーネが『毒花令嬢』ではなく『金剛石の百合ダイヤモンドリリーの妖精』であることを社交界に知らしめる日でもある。

 流行に敏感な社交界で、ネリーネの本来の美しさを表現した新しいドレスが話題にならないわけがない。


 ネリーネへの誤解が解けるのは喜ばしいことなのに気持ちは晴れなかった。

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