第七十二話 ドレスのオーダー4 最高級メゾンのお得意様という名の金づる

 広い部屋に鎮座する高い背もたれのついた一人掛けの椅子はまるで玉座のようだ。そんな豪華な椅子に前のめりに腰掛けるネリーネをミアと後ろから眺める。

 最新のドレスが載った目録に夢中なネリーネはマダムの説明に聞き入っていた。


 ドレスを作るにはベースになる形がいくつかあり、選んだドレスの型で採寸し、生地や装飾をどうするのかを話しながら決めていくらしい。話の雰囲気から察するにとにかく高い生地に装飾を足せるだけ付け足させていった結果がいつものネリーネの格好のようだ。

 いつぞやの夜会でこんなドレス売っているのを見たことがないと馬鹿にしてきた女をネリーネが辛辣に諌めていたが、オートクチュールだと分かっていてもネリーネ以外こんなドレスを着ているのを見た事ないだろう。


 このマダムにとってデスティモナ家は金蔓だ。ネリーネが似合うかよりもどれだけ金を払わせるかに必死になって、自分の歳の半分くらいの少女に媚びへつらう姿は滑稽だ。ミアがマダムを見る視線は侮蔑に満ちている。


「この度のご婚礼はご親族からのご招待でいらっしゃいますか?」


 マダムの質問にネリーネの目録を捲る手が止まる。


「ご招待? 結婚するのはわたくしですわ」


 ネリーネがそう言って半目で目録から顔を上げると目の前のマダムの揉み手が止まり、嫌な沈黙が訪れた。


 俺はネリーネの可愛さを知っているが、世の中では『社交界の毒花』のままだ。大富豪であるデスティモナ家と縁が欲しいと思う人間ですら寄り付かない稀代の悪女だと思われている。

 そんなネリーネが結婚するとは思わなかったのだろう。


「おっほっほっほ。失礼致しましたわ。まぁ! ご結婚がお決まりになったんですね」


 わざとらしく明るく笑って取り繕うマダムが高級店の店主にふさわしいとは思えない。


「そうですか。それはおめでたいことで。では、今後私どもとのお付き合いは……」

「今後も付き合いは続ける予定ですわよ。ただ請求書はデスティモナ家ではなくて、わたくしに直接お願いしますわ。今回のドレスも私に請求して下さいまし」


 ネリーネがそうキッパリと言い切った。


「いや。婚礼に必要なドレスを自分で用意するのがおかしいのは俺でもさすがに分かる。こちらに請求してくれ」

「あら。ステファン様ったらどうしてそんなところでぼさっと突っ立っていらっしゃいますの? お座りなればよろしかったのに。ほらあちらも開いておりますわ」


 ようやく俺が立っていることに気がついたネリーネは今更俺に座るように空いている席を扇子で示す。


「こちらが婚約者のステファン様ですわ」


  俺のことは新しい従者だとでも思っていたのだろう。座った俺をネリーネから婚約者と紹介され、マダムの顔から取り繕った笑顔が消える。


 マダムの値踏みする様な不躾な視線に吐き気がした。

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