第六十八話 二度目のデート9 心優しき毒花令嬢とこぼさぬ涙の理由

「王太子殿下とご婚約者様に心を寄せ、憐れみ同情の涙をこぼす貴女を見れば、誰も毒花令嬢だなどとは噂しないだろう」


 自分でできる最大の優しい表情でネリーネを見つめた。


「はぁ。憐れみ? 同情? 貴方は本当に何もわかっておりませんのね」


 毒花令嬢ではないと慰めたつもりが、目の前で侮蔑するようなため息をつきネリーネは俺を睨む。


 見た目が可愛らしくても中身は結局変わらない。やはり毒花令嬢じゃないか。


「人の慰めを無碍にして何様のつもりだ。じゃあ何が気に食わなくて泣いたっていうんだ。椅子の座り心地でも悪かったのか」


 俺は睨み返し、ふと我にかえる。


 ……あれ。ついさっきまで中身が可愛いと思っていたはずなのに。


 目の前の美少女は俺が睨んでいるのに怯みもせず、馬鹿にしたような表情のまま視線は逸らさない。


「わたくしの心はお二人に寄せておりますけど、わたくしは同情なんかで泣いてはおりませんわ。わたくしはお二人を憐れんだりしておりません。きっとお二人なら揶揄も跳ね除けられると信じておりますもの。ただあまりに酷い内容に動揺しましたのと、悔しくて泣いただけですわ」

「悔しい?」


 ネリーネは凛と前を向き胸を張った姿勢で言い切る。

 憐れみではないのはわかったが、動揺したり悔しく思うのはやはり心優しいからではないか?

 

「えぇ。今日は貴女に言われて街に馴染む格好をしていましたから歯止めが効かずに泣いてしまいましたけど、いつものわたくしなら絶対に涙は堪えられましたわ」

「はぁ?」

「だっていつもは完璧にお化粧をしておりますもの。泣いてしまったらせっかく朝からメイドたちが時間をかけて施してくれた化粧が崩れてしまいますでしょう? ですからいつもは涙をこぼさないように我慢できますの」


 いつも顔を皺くちゃにして涙を堪えているネリーネは化粧が崩れるのを気にしていたのか。

 いつものように、鼻息をふすふすさせている自慢げなネリーネを暖かく見守る。ネリーネの隣のミアと目が合いお互いに苦笑いをした。


「でも本当に悔しいですわ。いつもの格好でしたら、あんな酷い芝居あの場でわたくしが訂正いたしましたわ。泣いてしまって、冷静に話すことができなくなってしまったのは悔やまれますわ。やはり強くあるためにはドレスや化粧が必要ですわね。きっとわたくしのお気に入りのドレスでしたら訂正できましたのに」


 ……いつものドレスじゃなくてよかった。とんだ大騒ぎになるところだった。


「まぁ、おれの慰めは的外れだったってことだな」


 少し茶化して言うとネリーネはコクリと頷いた。


「えぇ。ステファン様はわたくしが泣き止むまで観客席で力強く抱きしめてくださいましたでしょう? 慰めはそれだけで十分ですわ」


 そう言ってネリーネは再びかき集めたおさげに赤らめた顔を埋める。


「人前でネリーネお嬢様を力一杯抱きしめたのですか?」


 ついさっき同志のような眼差しをしていたはずのミアが再び汚物を見るような冷たい視線に戻った。

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