第六十三話 二度目のデート4 恋人たちの振る舞いの模倣は俺たちにはハードルが高い

 馬車から降りた俺はエスコートするために腕を出す。ネリーネが俺の腕に手を伸ばそうとしたところでミアが声を上げた。


「頼りの綱はステファン様なのに、なに夜会みたいにエスコートをしようとしてるんですか。ほら、周りをよく見てください」


 ミアに言われて周りを見渡す。

 繁華街から少し離れたところにある馬車の預かり場は、街に来た人々の馬車で溢れていた。馭者達が雇い主である高位貴族達が用事を済ますまで待つ休憩所だけでなく、荷馬車や貴族の使用人たちが乗るような馬車も多く預かっている。整備されている新市街は乗合馬車が定期的に運行されておりここで乗り換えるのだ。


 俺たちが模倣すべき休暇を過ごす恋人同士は腕を絡めてしなだれかかっていたり、腰を抱き寄せたりして乗合馬車の到着を待っていた。


「ほら、真似てください」

「あっあんな振る舞いできるか! そもそも貴族の令嬢だと気がつかれないように、夜会のようなエスコートをしなければいいんだろ」


 せっつくミアに抗議の声をあげる。恋人のように振る舞いたいが、そんなことをしたら浮かれて周りが見えなくなる。悪い輩からネリーネを守ることなんて絶対にできない。


「そうですわよ。腕を組んでのエスコートすら歩調が合わないのに、わたくしの腰を抱き寄せて歩くなんて女性にモテたことのないステファン様には無理な振る舞いだわ」

「無理? 歩調は俺だけが合わせるものではないだろう? 自分のことを棚に上げて……」

「わかっていますわ。ですから、して欲しくても諦めればよいのでしょう? わたくしが我慢したらいいんだわ」


 見下ろすとネリーネは尖らせた唇を震わせている。


 いつものネリーネですら胸が苦しくなるのだ。美少女が悲しんでいる姿はそれだけで胸が痛い。


「……手でも繋ぐか?」


 俺の言葉にパッと顔を輝かせたネリーネはコクコクと頷く。


「ふふっ。夢みたいだわ」


 相変わらず可愛い独り言を呟くと遠慮がちに俺の小指に愛らしい指を絡ませてきた。


 ……っ!


 待てよ! どうしてそんないじらしいことをするんだ!


 こんなことされたら小指だけに意識が集中してしまうじゃないか。これでは元も子もない。


「まっ街の中は混み合っているんだ。しっかり繋がないといけない。迷子になったら困るからなっ。いくらダニーとミアが警護してくれるとはいえ、近くにいるのは俺だ。伯爵もハロルドもいないのだから今日は俺が二人の代わりにならなくてはいけない」


 まだ、街外れで馬車をまっているだけだ。迷子になる程の人混みはない。通らない理屈を言い訳にして俺はネリーネの手を握り直す。


 俺の手の中にすっぽりとおさまる、柔らかくて、滑らかで、小さな愛らしい手……


 じっと繋いだ手を見ていると視線を感じたのか、ネリーネが俺を見上げる。


「そんなに監視しなくても子供のように手を振り解いて迷子になるようなことは致しませんわよ。だってせっかく貴方と手を繋げたんですもの。自分から離すなんてこといたしませんわ」


 ふす! と鼻をならしてネリーネが俺の手をキュッと握る。空いた左手はブローチを握りしめていた。


 ……だめだ。可愛い以外考えられない。


 そして俺は、ネリーネに芝居の内容を説明して観に行くのをやめようと伝えることを忘れてしまった。

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