第8話 助けた令嬢が俺のクラスに転校してきた!?

 名字じゃなく名前で呼ばれたことで俺も一応クラスメイトとして認識されてるんだなと嬉しかったのもつかの間。ダラダラと冷や汗が止まらない。


 まさかまだ見つかっていない男の正体が俺だって気付いたのか?


 いやいや、まさかそんなことはないだろう。確かにSNSであの事件についての呟きや取り上げられた記事は多い。けど、具体的な情報はなかったはずだ。


 現時点で判明してる情報をまとめると。

 身長170くらい。

 性別は男性。

 体格は普通、むしろ痩せ気味。

 比較的若い見た目からおそらく年齢は十代後半から二十代前半。

 これくらいだ。


 上記に該当する人間なんて日本に腐るほどいるんだから俺一人をピンポイントで狙い当てるなんてことはないだろう。


 ともかく、ここは冷静に答えなければならない。ボロを出すわけにはいかないからな。声が震えないように気をつけてと。


「い、いいけど、何の用?」


 無理だ。意識したところ声が震える。


「ここに載ってるのって太一君でしょ?」


 そう言うや否や、一冊の雑誌が俺の机に置かれた。顔を上げたままなので内容は分からないが十中八九、俺に関する記事だろう。一体どこから漏れたんだ? まさか俺の知らない所で後をつけられたのか? てことは大々的に知られることになってるはずだ。さらば俺の平穏な学生生活。


(ええいままよ)


 観念して上げたままの顔を下げ、置かれた雑誌に目を向ける。所狭しと情報が盛られているページ。てっきり週刊誌的な暴露本を予想していたからギャップに思わず首を傾げる。


(ん?)


 俺が働いているケーキ屋「ゆきの」が紹介されている記事だった。バカでかい文字で『今、渋谷で話題のケーキ屋ゆきのを大特集!』と書かれている。


(なんだ。俺のバイト先のことか)


 ふーっと大きく息を吐いた。冷や汗がひいていくのを感じる。


「どうしたの?」

「いや、何でもない」

「そう? ここのケーキ屋さんの予約が中々取れないの。それでね、太一君の方から特別に一つ作ってくださいってお願いできないかな」

「あー、そういうことね。できるんじゃないかな。後で店長に聞いてみるよ」


 その代わり俺が店長にボコボコにされると思うけど。余計な仕事増やすなー! なんて言われるだろうな。


「ほんとっ!? ありがとー!」


(おおぅ!?)


 ガシッと手を握られ思わず体温が高くなる。突発的な風邪になったのかもしれない。だめだな。刺激が強い。


 ガラガラ。


「はいはい、みんなー。そろそろ時間だから席についてねー」


 担任の植木先生が教室にやってきた。今年で教師歴4年の女教師だ。優しい性格なため、男女問わず人気があり、その中の一部にはガチ恋勢がいるらしい。助かったよ先生。いつも退屈な授業だと思ってすんません。今後は起きてるように最善を尽くします。


「あーあ、先生来ちゃった。じゃあ、よろしくね。太一くん」

「お、おう……」


 そう言って彼女は自分の席に戻っていく。座ったのは俺のすぐ後ろ。普段プリントを渡すくらいしかないからな。


 彼女は小宮こみや三春みはる。名前に関しては入学初日に配られた座席表から確認した。ボブカットが印象的な女子だ。誰とでも仲良くできる生まれながらにして生粋のコミュニケーション能力を備えている。俺からしてみれば殿上人だ。


「はい。それじゃあ、ホームルームの前に、今日はみんなに報告がありまーす」


 植木先生の言葉になんだなんだと顔をあげるクラスメイトたち。当然、俺もその中の一人だ。


「なんだよ植木ちゃん。勿体ぶってないで教えてよ」


 俺の席の一つ前に座っている男子の一人が訊ねた。後ろ姿だけでもイケてるのがわかる男子だ。名前は黒須くろすさとし。俺が女子なら絶対惚れてると思うくらいにはカッコイイ。自分が同年代なのがなんだか恥ずかしいくらいだ。


「植木ちゃんじゃなくて。植木先生と呼びなさい」

「まあまあ、そんなんだから彼氏の一人もできないんじゃないの?」

「黒須くん? 後で職員室に来なさい」

「またまた。そんな冗談はいらないって――」


 笑いながら黒須の方に近寄る植木先生。


「先生は本気だからね?」


 笑顔のまま言い放った。俺はこの表情を知っている。間違いなく、内心ブチ切れてるパターンだ。経験者が言うんだから間違いない。平成以降の学生でよかったな黒須。昭和に生まれてたら間違いなく拳骨なりノーモーションビンタで首が吹っ飛んでたぞ。


「うふふ。えーとどこまで話したっけ? ああ、そうそう。報告があります」


 何事もなかったのかのように話を続けるプロ意識は見事なもんだ。けど、植木先生ってたまにこういう時があるんだよな。人が変わるというか。変なスイッチが入るというかさ。


 実は元ヤンだったりして。うーん、想像できない。いつものほほーんとしてるような人だし。


「実は、みなさんのクラスに転校生です」

「は?」

「マジ?」

「うっそー、こんな時期に?」


 ざわつくクラスメイト。まあ、気分が高揚するのもわからなくはない。小説とかには転校生ってよく出てくるけど実際に来たことなんてなかったからな。けど普通、転校してくる時期ってもう少し前が多いんじゃないのか? 複雑な家庭の事情とかがあるのかもしれないけど。


「じゃあ、入ってもらうね」


 そう言って植木先生が前方のドアを開けた。コイコイと招き猫のように手招きをする。こういう時って緊張するよな。俺だったら耐えられない。だって期待されるんだぜ? 例えばイケメンが来るだのめちゃくちゃ可愛い美少女が来るだのなんて噂が流れた際には最悪。全員、芸能人的な人間が来ると思ってた矢先、「期待させてしまってすみません。普通の一般人なんです」みたいな奴が来た時には、熱意が一気に冷めるに違いない。


「どんな子が来たんだろうねー。可愛い子がよかったりするの?」


 小宮さんが肩越しに話しかけてくる。


「…………ノーコメント」


 冷静に返したところで転校生が教室に入って来た。


 さらさらとした銀色の髪。


 透き通った瞳。


 完璧なプロポーション。


 男子はおろか女子すらも魅了するほどの美貌。


 俺は彼女に見覚えがある。俺だけじゃない。クラスメイト全員が彼女を知っているはずだ。


「じゃあ、紹介するわね。ジョナサン=ノアさんです。みんな、よろしくねー!」


(俺が助けた子が同じクラスに転校してきたんだけど!?)

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