第16話 フリーズ

定年退職した後も契約社員として働いている綿貫さんは、時々困っている。


それはスマホがフリーズしてしまったりとか、パソコンがフリーズしてしまったりとか、ウォーターサーバーがフリーズしてしまったりとか、フリーズ系が多い。


綿貫さんの困った顔はすぐに困ってるとわかるくらいの困り顔なので、誰かがすぐに助け舟を出す。


そんな綿貫さんが自分のデスクでため息をついた。

そばを通りかかった私は、「何かありましたか?」と訊いた。


すると綿貫さんが、

「なんかみんなに迷惑かけてばかりで、申し訳なくて。若い頃に戻ってもう一度勉強し直せたらいいなって思ってね」


「そんなこと気にしない方が良いですよ」

私がそう慰めると、

「みさきさん、遥か昔に戻れる呪文があるんだけど、知ってる?」

「えっ、そんなのがあるんですか?」


すると綿貫さんがいきなり、

「クルクルバビンチョ パペッピポ ヒヤヒヤドキッチョの モーグタンっ! 」と、

よくわからない振り付け入りで言った。


私は目が笑ってない絵文字の人みたいな顔をしていたはずだ。すると綿貫さんが、


「じゃあ、もう一回やるね。

クルクルバビンチョ パペッピポ ヒヤヒヤドキッチョの モーグタンっ! 」


なんだろう、これは。

この迷宮に誘い込むような呪文と、振り付けは。

まずい、なんて返せばいい?

あまりの衝撃で言葉が出ない。立ちくらみまでする。


取り返しのつかないことが起きてしまいました。


私が困った顔をして立ちすくんでいると、今日は綿貫さんの方が助け舟を出してくれた。


「今のは子供の頃にやってた『まんがはじめて物語』っていうアニメの中のセリフで、そのセリフを言うと、たとえば鉄道が初めて出来た頃に戻れるという設定だったんだ」


「そ、そうなんですね」

「でも、戻れないよね。いくら呪文を唱えても。時の流れに一度流されたら、逆流は出来ない。わかっていても、時々戻りたくなってね」


「そうですね。誰しもあの頃に戻りたいって思うことありますよね」

「みさきさんにもある?」

「はい、私も高校の頃に戻りたいです」


友達とはしゃいで過ごしたあのアオハルの頃に。


「そうなんだ。じゃあ一緒に呪文唱えてみる?」

「じゃあもう一回、お願いします」


「クルクルバビンチョ パペッピポ ヒヤヒヤドキッチョの モーグタンっ! 」


私も真似てみた。

「クルクルバビンチョ パペッピポ ヒヤヒヤドキッチョの モーグタンっ! 』」


「すごいね、一回で言えるなんて!」

綿貫さんが笑顔で言った。


綿貫さんを笑顔に出来て良かった。



        第3部 了  

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misakiさんはいつも取り返しのつかないことをする③ misaki19999 @misaki1999

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