第42話 日陰に生きる

 俺の名前は奥洲天成。

 俺は陰キャとして生きていた。学校カーストでは下の方、周りがうるさいと自然と人気のないところに移動するような生活を送ってきた。

 喝采なんか嫌だ、人がいるところは怖い。

 暗いところでジッと引きこもっていられたら。そんな生活が俺の理想だ。


『そんなあんたが、卒業生代表として挨拶を述べたくないのは分かるけど、何も自殺しなくても良かったんじゃない?』

「嫌だ……、脚光を浴びるなんて嫌だ。暗いところがいい」

『ふう。仕方ないわねぇ。それじゃ、次は思い切り暗いところに転生するといいわ』

「本当か? ありがたい。どこなんだ?」

『それは転生してからのお楽しみということで』


 ということで、俺は17世紀の英国に転生した。

 ……ここはどこだ?

 暗い。物凄く暗いぞ。

 いや、光が全くないぞ。闇目で動けというのか?

「何をブツブツ言っているんだい。テンセー」

「あ、母ちゃん。ここ、滅茶苦茶暗くないか?」

「何をトンチキなことを言っているんだい? この子は。ウチは真っ暗な中で生活していくと、この前決めたばかりだろう」

「……そうだっけ?」

 転生する前の話をさも当然にされても分からんぞ。

「そうだよ。憎らしい国王が、窓に税金をかけるようになったからね。全部の窓を埋めることにしたんだよ」

「だったら、暖炉で灯りでも」

「馬鹿をお言い。十年前に煙突税を回避するために煙突を潰したじゃないか」

「ランプはないのか?」

「油がどれだけの値段だと思っているんだい!? 馬鹿なことを言うんじゃないよ!」

 散々罵倒される俺。どうやら、窓も煙突もない家らしい。

 いやいや、ちょっと待ってくれ。

 確かに暗い方がいいとは言ったが、ここまで暗いとちょっと問題だ。生活に支障をきたすレベルではないか。


「光が欲しいなら、外に出ればいいんだよ」

「外に出るのは……嫌だ」

 俺は引きこもりたいんだ。外に出ることはニートのプライドが許さない。

「何がニーチェのプライドだよ! 部屋にいついて穀潰しになるつもりかい? さっさと外に出るんだよ!」

 俺は母ちゃんに蹴っ飛ばされて、外に突き出された。

 ま、眩しい……。

 光が眩しい。

 このままでは……溶けて、なくなってしまう……。


「あれ、俺は死んでしまったのか? 本当に日光の浴びすぎで死ぬとは、まさにニートの鏡だな」

『そんなわけないでしょう。残念ながら結核だったようで、急に運動して悪化してしまったようですね』

「結核だったのか。気づかなかったな」

『暗いジメジメした中で、空気も良くないですからね。密かに悪化していたんでしょう』

「日光を多少は浴びないといけない、というわけか」



"女神の一言"

 冗談だと思うでしょう?

 本当にあったんですよ。名誉革命で即位したウィリアム3世が即位前には「不人気な税金は廃止するよ~」と言ったのですが、実際に即位すると国庫が大変なことになったので、作られたのが窓税ということで。


 当然、税金を取られたくない人達は窓を潰したわけですが、これによってそうでなくても大気が悪く、曇りが多くてじめじめしているロンドンの住環境が更に悪くなってしまって、伝染病の原因にもなったのだそうです。


 税金が欲しい国庫と、払いたくない民衆との戦いは、現代だけの話ではないということですね。

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