第6章 踊る暗殺者

第102話

 暑い。そしてにぎやかだ。

 耳慣みみなれぬ鳥や獣や虫の声。目の前をあざやかな青いちょうの群れが通り過ぎる。ここは……熱帯雨林かジャングルか。

「これがハニービーンの本の中か。ナルシィは北国だったが、ハニービーンは南国なんだな」

 足もとでウサギが後ろ立ち。耳をピンと立てて周囲の様子をさぐっている。アズキの鮮やかなオレンジの毛色は、熱帯雨林によくえる。オレンジ色も警戒色けいかいしょくか。逆に由香里は保護色ほごしょく苔色こけいろジャージ、モスグリーン。

 ハッ、と由香里は反射的はんしゃてきに振り向いた。何となく何かを感じて、その正体を探る。

「あにぁん、おどろきだぉん。このあたしに気づくなんてぇすごいんだぉ」

 木のかげから出てきたのは、小柄な童顔の若い女性。プラチナブランドの髪に目はヘーゼル、淡褐色たんかっしょくだ。北欧の妖精が、南国に遊びに来たのだろうか? 豹柄ひょうがらビキニでバカンスに? 

 由香里は反射的に身構みがまえた。この女性、見た目よりも中身がヤバいと本能がげている。その足もとでほうけるウサギ。

 アズキの目はビキニの胸に釘付くぎづけだ。男って奴は……。

「わぉん、警戒けいかいされちゃったん。いいかんしてるぉ。普通はぁみぃんなぁそのかわちぃウサたんみたいにぃ脳みそとろけちゃうんだぉん。うふん」

「エロい」

 鼻の下をばしたウサギがつぶやく。

 その蕩けた脳味噌のうみそかして味噌汁にして飲み干してやろうか、なんて物騒ぶっそうな事を心の中で呟いて、フッと笑っちゃう由香里。私もかなりヤバいかも、と苦笑する。

「あたしはぁハニービーンだぉ。歩く媚薬びやく。またの名を踊る暗殺者アサシン

「えっ、暗殺あんさつ⁉ 捜査そうさする方じゃなくて、される方?」

「されないない。殺された事すらぁ気づかれないぉ。捜査線上にぃ上がる事すらぁないんだぉ」

 ハニービーンは無邪気むじゃきに笑うと、豹柄の長いローブを羽織はおって体を隠した。

 何で私は暗殺者あんさつしゃの本の中にいるんだろう。武術の次は暗殺術を習うのか。血の女神に暗殺術。白い部屋が血暗ちぐらいなぁ。なんて事をぼんやりと考えている由香里の足もとで、ウサギが目をしばたいて頭を振った。どうやら媚薬が抜けたらしい。

「あたしの本の中へようこそだぉ。歓迎かんげいするぉ。女神ちゃん。ついでにツガイモのウサギちゃん」

「ウサギちゃん、じゃねぇよ。俺はアズキだ。女神ちゃん、じゃねぇよ。由香里だ」

「由香りん。ウサギのアズキはぁウサアズキでぇ人の時はぁヒトアズキでぇ決まりだおん」

「変な呼び方するんじゃねーよ。俺をウサアズキとか呼ぶなら、ハニービーン、おまえのことを、ビーって呼ぶぞ」

「いいぉ。ビーでぇオッケーだぉ」

「い、いいのかよ。クソッ!」

 ウサギが足をみ鳴らした。


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